常世と謳う
「あなたなんてだいきらいです」
その人は塗り固められた愛想笑いを崩す事なくふわりと眉を下げて笑う。
知ってる、と言わんばかりに視線を射抜く紅蓮の瞳はまるで全てを見透かしている様で、握った拳にぎりりと力を込めてフローリングと睨み合い。表情が悟られてしまわないように俯いて唇を噛み締めた。
壊れ物を扱うみたいに髪を梳くてのひらは、彼のものかと疑ってしまうくらい優しくて、だから唐突に泣き出したくなる。
「だいきらいです。あなたなんて」
握り返した骨張った手の甲に爪を立ててやる。このまま抉ってしまえ。
項垂れた肩を掴まれて耳朶に吸い寄せられる薄い唇。正臣くん。耳元を掠めるテノールは思考を融かしてしまいそうだから、放してくださいと、はらりと首を横に振った。
(苦しいんです。あなたを見てると、苦しいんです)
子供が駄々を捏ねてるみたいだと思って、自嘲。振り払ったてのひらとてのひらはぱん、乾いたと微細な音を奏でる。
ふと突発的に、罪悪感に似た背徳が襲ってくるから、はっと顔を上げる。何時もの余裕ある軽薄な笑顔が、そこにあるのだ。
どうして泣きそうな顔してるのと、眉ひとつ動かす事なく彼は問う。あなたには何時までも解らない事なんですと、心中で嘯いて、ぎこちない嘲笑を気取って笑った。
「あなたなんか、死ねば良いのに」
胸を抉る感情は恋慕だったのかもしれないし、ただ純粋な嫌悪と憎悪だったのか、俺には解らない。