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私は舌の肥えた美食家

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高杉は飽きもせずに本を読んでいる。俺は飽きもせずその背中を見つめている。
その後者は嘘だった。俺はもう大分前に飽きていた。大きな欠伸が何度も口から出ては消えていく。
彼の読む本はわからない。歌とか戦略とかどこぞのお偉いさんが書いた本とかを好んで読むのは知っている。
しかしどこが面白いのかは全くわからない。俺は偉そうに小難しい言葉で流暢に語られるのは嫌いだ。
ましてや、文字など追っていてもただ眠くなるだけだ。俺には本の良さというものが理解できない。
いつだったかそういう話を高杉にしたような気がする。もう随分前のことだったと思う。
何と言われたのかはもう忘れてしまっていた。ただ彼が心底馬鹿にしたような目で俺を見たことは覚えている。
そんなことを思い返しながら、俺はまた欠伸を漏らして頭をかいた。暇だ。
退屈しのぎに部屋を見回してみても、面白そうなものはあの細っこい頼りない背中しかなかった。
俺は戦場でするように、すっと息を潜めた。そして音も立てずに背中に近付く。

「だーれだ?」
「白髪天然パーマの甘党馬鹿」
「うわ、ヒドッ」

高杉の背後に回ると素早く腕を伸ばしてその目を覆い隠す。
彼は気付いていたのかいなかったのか、特に目立った反応はなく俺はつまらないため息をつきかけた。
だけど、冷たい瞼とくすぐったい睫毛が掌に触れて、俺は急に楽しくなってきた。
これが本当に戦場だったらお前は死んでしまうね。なんて、絶対に怒られるから言わないけれど。
相変らず目を覆ったまま、襟足の間から見えた項を見つめる。物騒な考えが頭を過ぎった。
ばたばたと、廊下を行き来している音がする。だけど誰もここに来る気配はない。

「銀時」
「まぁまぁ、ちょっとくらい良いじゃない。ねぇ、何か見える?」
「・・・・・・何も」

少し強めに、高杉が俺の腕を引き剥がそうとしてきた。口調がだんだん厳しくなる。
彼を怒らせてしまえば結構やっかいなことになる。しかしこの手をそう易々と離す気にはならなかった。
冷たかった瞼がいつの間にか俺の掌から熱を吸収して暖かくなっていた。
高杉が瞬きをするたびに触れる長い睫毛が妙に愛おしい。いつもより回数の多いそれが彼の緊張を教えてくれる。
片方の目はもう視力がほとんど無いらしい。彼の視界は常人の半分ということになる。
それだけで他の人よりも不安定な歩き方を余儀なくされているのに、今、こうして両の目を奪われて。
彼は動揺しているのだろうか。いつか最後の目を失ったときのことを想像してしまっているのだろうか。

だけど俺は覚えているよ。あれは、お前の大事な先生が死んだときのこと。
お前は小さくうずくまって僅かに震えながら、俺にだけ囁いた。その場には俺しか居なかっただけだが。
もう忘れただろうか。こうしている間にもしかしたら思い出しているかもしれない。

「銀時、離せ。怒るぞ」
「もう怒ってるじゃん。もーちょっと、あと十秒だけ、」

あの日、幼いお前はこう言った。“先生の居ない世界を見るくらいなら、こんなものいらない”
俺も幼かったから、何も言えなかった。今にも消えそうな高杉が哀れで、抱きしめることしかできなかった。
だけど今なら、今この瞬間にもお前がそう思っているのなら。俺は残ったその目を食べてあげるよ。
黒く闇のように輝くその瞳は美しすぎて寒気がする。舌の上で転がせばさぞ甘美な味がするのだろう。
でも、こうやって本を読んでいる高杉は、きっとそんなことは望んでいない。
だから俺の腕に爪を立てて抵抗するのだろう?不機嫌な声の語尾が震えていたことを俺が逃す訳がない。

できることならば、その黒い目に俺が映った瞬間に、奪い去ってしまいたい。
最後に俺を映してお前は視界を奪われればいい。そうすればお前の目には一生俺しか映らなくなる。
自分が相当狂っていることなど、昔から知っていた。きっとあの日に彼を抱きしめたときにはもう。

視界を返してやる代わりに、高杉の白い項に噛み付く。それは痺れるほど甘かった。
作品名:私は舌の肥えた美食家 作家名:しつ