二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

僕は君を傷つけたのか慰めたのか

INDEX|1ページ/1ページ|

 
それでもお前を救うには、あの人の声が必要だと思ったから。

手探りで今は居ない人の面影を追いかける。まるで闇の中を走るように。だけど本当は思い出したくなかった。優しい人で、誰からも尊敬されておかしくないはずの人で、そんな人がどうして死ななくてはならないのだろう。多分間違えているのは世界の方で、正しいのはあの人のはずで、そう思えば思うほど涙がこみ上げてくる。あの誰にでも注がれていた暖かい陽の光はもう無い。闇を抜けて、俺はそのことにようやく気付いた。

教室の隅、小さくうずくまっている影がある。何かに怯えるように、何かを頑なに拒絶するように。身長をからかわれるのが何よりも嫌って、いつも大きくあろうとしていたはずの彼が、今はこんなにも小さい。俺の知る限り、高杉は白とか黒とか極端な色の着物を嫌っていた。もっと色鮮やかなものを好んでいたし似合っていた。それがどうしたことか、最近の彼は無地の黒い着物ばかり着ている。そうして誰も居ない教室で縮こまるのだ。ひたひたと裸足で畳の上を歩く。その前に腰を下ろして黙ってその形のいい頭を見つめた。艶やかな黒髪は光を失っている。それはこの部屋がじっとりと暗いせいなのか、彼の生気の薄れなのかはわからない。髪に触れたが、高杉はぴくりとも動かない。これは実体の無いただの魂だけなのかとも思った。

「銀時か」

しかし魂は言葉を発した。この声は現世をまだ歩いている証拠だ。少しだけ胸を撫で下ろす。でもそれだけで、顔を上げることも動くことも無かった。呼吸していることが不思議なくらい静かだ。相変らず部屋は暗い。隅の方になればその黒さは増す。黒髪で黒い着物に身を包んだ高杉は今にも消えそうだ。

「た・・・」

呼ぼうとして、途中で止める。今の俺では彼の心に声を届けることはできないと思ったからだ。ではどうすればいい。俺の声には耳を傾けるはずがない。どうすればいい?もちろん、わかっている。薄く目を閉じてから記憶を辿る。ただ一言の言葉を発するのがこれほどまでに恐ろしいと感じたことはない。だけど今の彼が欲しているのは、絶対に俺の声ではない。あの人の声なのだ。瞼をゆっくりと開く。

「晋助」

高杉が小さく反応を見せた。髪がさらりと揺れる。初めて動くことを許された生まれたての赤子のようだ。膝を抱えるようにして回された腕が白い。身に着けている着物や髪の色とは正反対の色をしている。よく映えるそれが美しいという人も中には居るかもしれない。けれど俺にはそれが痛々しくて仕方がない。その腕に色を落とせるのは俺の存在ではないことも知っている。だけど代わりになれない訳ではない。代わりで良かった。俺の中にいるあの人を高杉が思い重ねればいいと思った。それでいい。それしかできない。やさしく、しずかに名前を呼ぶ。先生がこう呼べば高杉はやんわりと笑っていたことを誰よりも見てきたつもりだ。お前の幸せの場所を俺は知っている。その場所が奪われたということは、俺の場所も同時に奪われたのだ。俺はお前が笑っていればそれで良かったのだから。

「晋助、」
「・・・馬鹿だな、お前」

もう一度名前を呼ぶと、高杉が顔を上げた。頬も瞼も額も、白かった。流れる黒髪がその白さを強くさせる。俺は自分の白い髪が嫌いだった。だけどあの人は良い色だと言ってくれたことを今でも覚えている。それは白ではなく、銀色なのだと。白にはない輝きを持っているのだと。お前自身もその名の通り輝きなさいと。先生の言葉を借りるのなら、今の高杉は白い。輝きが何もないのだ。闇の中にぽっかり浮かんでいる白い粒だ。白と黒しか色を持たない高杉が、目を細めて口の端を持ち上げた。本人はこれで笑ったつもりなのだろうか。随分ひどい表情をしている。俺の顔を歪ませるには十分すぎるほどに。

「銀時、ひとつ約束してくれ」
「・・・そしたらここから出るか?」
「あぁわかった、約束する」

ぽつりぽつりと高杉が零すように呟く。声の色も多分、白か黒のような気がした。お前はどこに色を置いてきたの?眩しいほどに鮮やかで綺麗な色をたくさん持っていたじゃないか。だから、と俺の目を見据えて口を開く。少し時間を置いて、言葉が追いついてきた。一瞬だけ高杉のその目が揺れたのを、俺は見落とすことができなかった。

「もう俺のこと、名前で呼ぶな」

高杉の中に白と黒以外の色が、初めて見えた。名前は知らない。それでもとても綺麗な色だった。その色があまりにも美しすぎて、俺は涙を流した。頬を伝った冷たい涙に高杉の指がやさしく触れる。馬鹿だな、ともう一度言ってから彼は困ったように笑った。その笑顔の方が余程、先生によく似ていた。俺の肩に倒れるように顔を埋めると、高杉は深く息を吐いたあとに、声を殺して肩を震わせていた。結局俺には、代わりすら上手くできないみたいだった。だけどここに居ることは許されたようだから、その繊細な肩を夢中で抱きしめた。この世から消えてしまわないように、彼を留まらせるためにしがみついた。高杉に生まれた新しい色。まだ名前はない。けれどおそらく涙の色というのは、こういう色をしているのだろう。

ふと脳裏に浮かんだ先生の笑顔に、俺はごめんなさい、と心の中で呟いた。先生は何も言わずに笑っていた。