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たたいてひびをいれてなぐってこわして

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鏡は自分を映し出す。それに触れればひやりと冷たい。同時に鏡の自分が俺に触れる。
当たり前だが自分にそっくりな人物がそこには居る。ただ、隠れている左の目が右目になっていた。
左右逆になっている鏡の中は、それでも俺の姿を正確に表している。間違いなく、これが今の俺だ。
鏡の中の黒髪に触れた。どこも余すことなく黒く染み渡っていた。これと正反対の色を、俺は知っている。
跳ねた髪、銀色の輝き、俺はその髪よりもさらに銀に輝くその瞳がたまらなく好きだった。
自分の瞳に光は無い。そんなもの過去に一度として存在していたことなど無かった気がした。
笑えるほど奥まで黒が侵食し尽している。他の色が入る余地などありはしない。
白を纏っていたあの男にも、そんな隙間など無かったのだろうか。

銀時は俺の鏡だった。左右逆ではなく、俺の全く逆を映す鏡。それを見るたびに吐き気がしていた。
お前はいつでもどこにいても何をしていても、眩しくて強くて美しくて、俺はそのどれも持っていない。
その美しい鏡に汚れた自分を映す度に、叩き割って粉々にしてやりたい気持ちになっていた。
どうしてここまで違っているのだろう。どうしてそんなに遠いのだろう。どうして、どうして。

気が付けば、目の前の鏡がひび割れていた。鏡に赤が飛び散って、己の手が血を流している。
よく理解できずに呆然と自分の手を見た。痛みはある。けれどそんなものはどうだってよかった。
鏡にひびが入り、自分の姿が歪んで欠けていた。間抜けな顔をした自分と目が合って、笑う。
右手から流れる血に舌を這わす、じわりと鉄の味が口内に拡がっていく。ぴり、と手に痛みが走った。
喉の奥のほうから笑いがこみ上げる。こんなに楽しいのは久しぶりだった。肩を震わせて笑った。
やさしく、壊れた鏡に触れた。乾いていない血痕を指で伸ばす。美しい紅が繊細な硝子の上に引かれた。
嗚呼、これほどまでに脆く、簡単にできることだったのか。何を怖れていたのだろうか。

割れた鏡の隅で、銀時の瞳の色が幻のように光った。それは今でも綺麗で、やはり吐き気がした。
結局のところ、答えなど昔から決まっていたのだ。それ以外の選択はどこを捜しても無い。
堕ちた俺にはお似合いだろう。赤がこびりついたこの鏡のように、よく似合っている。

俺は壊しに行くから、他でもないお前が綺麗に終わらせてくれ。
吐き気をこらえて生きるのはもう、おしまいにしようじゃないか。
お前と刀を交えるその刹那はおそらく、何よりも美しい。
それはきっと、この汚れた自分に与えられる、最後の美しき褒美だと思った。