ラスト2
握っていたシャープペンシルをローテーブルに投げ捨てるように置いて、両腕を目一杯伸ばす。そのまま首を左右に倒すとバキバキっといい音がした。
「つっかれたぁー…」
バタンと背中から床に寝転がる。フローリングの床が若干冷たくて気持ちいい。
突破不可能と思われた課題たちは(ザンザスの力を借りて)なんとか現実逃避に走らずに倒すことが出来た。現在夏休み残すところあと二日の午後3時23分。我ながら奇跡的な時間である。
チラリとこの部屋の主であるザンザスを見ると、相変わらずこちらを気にする様子なくキーボードを叩いている。
知っている。ザンザスは俺があんまり話しかけるもんだからイヤホンをしてしまっているのだ。愛用のipodに何が入っているのかは知らないが此方の音は完全に遮断してくれている。
起き上がってローテーブルに置かれているサイダーを飲む。氷が溶けきってしまっていて炭酸も抜けて薄まったサイダーなんて飲めたものではないが仕方なく喉に流し込む。
「ねぇザンザスー」
試しに呼んでみてもやっぱり聞こえていないんだろう、ピクリとも動く様子は無い。
せっかく課題が終了したのに、これでは何も面白くないじゃないか!
仕方なくそーっと後ろからザンザスに近付く。気付かれるだろうか、気付かれないだろうか。
すぐ後ろに立っても運よくザンザスは此方に気付いていない。これはチャンスだ。
「えいっ!」
勢いよくイヤホンを引っ張るとザンザスがビクッと跳ねた。
そんな無防備なザンザスが珍しくて、俺は思わず声を上げて笑ってしまった。
「あはははは!驚いたー?」
「……驚いた」
「えへへー、やったぁ」
イヤホンをデスクの上に置いてすぐそばに置いてあったipod本体の液晶を覗いたけれど、アルファベットが羅列しているだけで全然読めない。こんなところまで格好良いなんて卑怯だ。(洋楽?ばっか聴いてるなんて格好良いじゃん)
「どうした?」
左手で頬杖をついたザンザスになんだかドキッとする。見慣れたように思っていたノンフレーム眼鏡の奥の紅い瞳がすごく綺麗だ。
悔しいから言ってやらないけど。
「終わった!課題終わったよー!」
「本当か?」
「ウソ吐いたってしょうがないじゃん」
「それもそうだな」
鬱陶しそうに長い前髪をかき上げて、眼鏡を外す。
「だからさ、約束の花火!花火買いに行こうよ」
これがあるからこんなに頑張ったのだ。
最終日の31日には家に帰らなくてはならないからとザンザスが提案した約束。『30日までに課題が全て終わったら花火』これの為にともすれば発狂して逃げ出してしまいたいくらいの課題と向きあってきたんだ。
「そうだな。まさか終わるとは思わなかったんだけどな」
「ちょ、ひど!」
「お前の日ごろの行いの所為だ」
ザンザスは笑って、俺の頭をわしゃわしゃとかき混ぜた。俺はザンザスにこうされるのが大好きだ。
ザンザスはPCの電源を落としてデスク脇に置いてあるバッグから財布と鍵だけ取り出す。俺も急いでワークブックを閉じて転がしてあったシャープペンシルもペンケースに仕舞う。それからベッドに投げてあった携帯をパンツの後ろポケットに押し込んでザンザスの後に続く。
「おっきいの買ってよ、いっぱい出来るやつ」
「はいはい」
コンビニまでの道のりは蒸し暑いけれど、今日はわくわくが勝って全然不快じゃなかった。
明日帰らなくてはならないなんて寂しいことは今だけ忘れて、花火に気持ちを馳せた。