下校時のアクシデント
風が吹くのはいいのだけど、それが夏の日差しを含んで、さらに下からのアスファルトの照り返しで熱風が吹くのだからたまらない。(せめて冷風ならいいのに)
吹き荒れる風に辟易しながら、家路を急いでいたそのとき、
「うわああぁぁああーーっ!!!」
「待ちやがれこの野郎!」
50mほど先の曲がり角から、叫びながら飛び出してきたサラリーマン風の男の人(あ、嫌な予感)
さらにそれを追いかけるように飛んできた(ほんとに飛んできた)赤いカラーリングの自動販売機。
つまり、待てと追いかけている人はあの人なんだなぁ・・と歩みを止めてぼんやりと男の人がつまづきながらも必死に走る姿を見ていた。
「別の道を探そうか・・・」
このまままっすぐ歩いたら絶対にあの騒動に突っ込むことになる。
僕にそんな力ないし、まずもって死にたくない、ので、追いかけっこする二人を見送ろうとしていたら、逃げてた男の人が静雄さんを撒こうとしたのか、急転換してこっちへ走ってきた(えぇぇよりにもよってこっち!?)
とっさに機敏な動きができる体じゃないので(自慢でもなんでもない)(ただの運動ベタ)
「うそ、ま・・っ!」
「どきやがれぇええっ!!!」
どけるものならどいてた、とっさに思い浮かんだのはそれだけだった。
ガンッと体同士が思いっきりぶつかり合う。
痛いというよりも衝撃のほうが大きい。
幸い吹っ飛びまではしなかったけど、男の人も足をすべらせたみたいで二人して地面に転がる。
「いっつぅ〜・・・」
体を起こそうとしても、上に男の人が乗っかってるせいで右腕一本程度しか動かせない(じわじわ痛くなってきた)(しかも熱い)
混乱してるのか知らないけど、僕の上で「どけよ、どけって」と叫び散らしてるのがうるさい(どくのはそっちだって)
耳の横でジャリッとアスファルトを足が踏みしめる音が聞こえた。
顔を横に向けてみたら(やっぱり)
「てめぇ・・・何竜ヶ峰を押し倒してんだ・・あぁ?」
空を背にしてるせいで(こっちが転んでるからだけど)逆光になっていて金髪がキラキラときれいだ。
けど、それ以上に子どもだったら10人中10人とも泣き出す顔つきになってますよ静雄さん。
「ひぃっ、へ、へいわじま・・・っ!!」
「えと、こんにちは、静雄さん」
僕の挨拶をスルーして(この状況で変だったかな?)死にそうになっている男の人を、片手で襟首を掴んで持ち上げる。
ぐぇって鳥を絞めるような(聞いたことないけど)声なのか音なのかわからないような濁音が男の人の口から漏れた。
僕が立ち上がって服についた砂を払っている間、静雄さんはその人を地面に叩きつけてタコ殴りにしていた(俺だって乗ったことねぇんだぞって叫びはなんだろう・・?)
うめき声すら上がらなくなった頃(というか顔が腫れ上がって口も動かせないのかも)ようやく落ち着いたのか静雄さんはその人を投げ捨ててこっちを振り返った。
「大丈夫か、竜ヶ峰。怪我はないか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございました」
そうか、と言って笑った静雄さんは、いつものように僕の頭をわしゃわしゃとなでた。
最初はびっくりしたけど、これは静雄さんのクセなのかなって思う。
「それにしても静雄さん・・ちょっとやりすぎっぽいですよ」
「あ、あぁ・・・すまん」
血みどろというわけじゃないけど、完全に男の人はボロ雑巾のような、と表現できるほどにはズタボロだ。
決まり悪そうに頬を掻いていた静雄さんが、トムさんにあやまらねぇとと呟いてる(この人に謝るわけじゃないんだなぁ)
トムさんがいるなら救急車は呼ばなくても大丈夫かな、と思って、地面に転がっていた自分の鞄を持ち上げたら
「いたっ」
ぶつかって倒れる時に、左手を下敷きにしてしまっていたようで、手のひらが擦れちょっとだけ血がにじんでいた(何かピリピリすると思った・・)
鞄に血がついていないことを確認して、静雄さんに挨拶を・・と顔を上げれば、静雄さんが幽霊でも見たかのような、もしくは自分の嫌いな食べ物を「おいしいよこれ〜」と言って友人が食べている姿を見たような(わかりづらいか)とにかく、びっくりしてさらに引き攣ったような表情を浮かべていた。
「怪我・・・したのか・・?してるのか?」
「え?あー・・大丈夫ですよ?このくらい」
そりゃ物心もつかないような子どもならともかく、もう僕も高校生だ。
こんな傷いちいち気にしないし、痛いと告げるほどでもない。
だいたいそれなら静雄さんが普段してるような怪我(とくに臨也さん相手のとき)はどうだと言うのか。
なのに静雄さんは
「・・・巻き込んで悪かったな。とりあえず、あいつもっかい蹴り殺してくる」
「すでにボロ雑巾ですよ静雄さん!僕なら全然大丈夫ですから!」
さっきの引き攣ったような表情はなんだったのか。
般若?金剛力士像?むしろ鬼?というほどに表情が怒りマックスになってしまっている静雄さんが(男の人を蹴り殺す為に・・)身を翻したのを慌てて止める。
こんな擦り傷一つで殺人事件が起きるなんて、そんな責任は持ちたくない(一応僕はどこにでもいるありふれた平凡な高校生だ)
とっさに静雄さんの腕に抱きつく形でしがみつく。
右腕を抱え込んで、20cmも上にある顔を覗き込むと、なぜか顔を真っ赤にして固まってしまっていた(ほんとになんで?)
「あの・・静雄さん・・?」
思わず名前を呼ぶと、抱えた右腕がビクンと震えた。
「あの・・ほんとに僕大丈夫ですから。本当に。傷だってこんな小さいものですし」
体を離して、ほら、と擦り傷のある左の手のひらを静雄さんの顔の前でひらひらと振った。
じぃっとまじめな顔で(でもまだほっぺた赤い)傷の具合を見ていたみたいだけど、徐に僕のその手をつかんで、傷を、舌で(ぺろりと)
「しっ、静雄さん!?」
さっきまでの怒りとかなにやら全部の感情が嘘だったかのような真剣な表情で、もう一回ぺろりと傷を(つまりは手のひらを)舐め上げた。
唾液で塗れて冷たくなったそこに、ふっと息を吹きかけられる。
くすぐったいような掻き毟りたくなるような、不思議な感覚に目を瞬かせていると、静雄さんは微かに口の端を上げて笑った。
かっこいい人って得だな・・と固まっていれば、もう一度僕の手のひらに顔を近づけて、ちゅっと軽いリップ音を響かせて傷口に唇を落とした。
「消毒だ」
そう言って微笑まれてしまったら、僕はもう立ち尽くすことしかできなくて、小さく頷くので精一杯だった
(あぁもう反則だ!)
作品名:下校時のアクシデント 作家名:ジグ