White Milky Hug and Hug
……え、いや、いやいやいやいや、嘘、心の恋人とか嘘だから、そこ引かないでくれってマジで……ちょっとヒジリ入っちゃってたことは謝るから、嘘だから冗談、じょーぉだんですよ、お嬢さん、うん、ああ、うん、今ばっかりは三十五歳って言われても怒らない、怒らないから、な、ちょっとさ、許してくんない?
で、俺が今、なんでこんなにちょっとハイテンションかと言えば、なんだかな……あの、俺の眼前、真っ白いんですけど。
「なあ、ヨウスケ」
「なんだ」
「どうして俺、牛乳尽くしなんだ?」
そう。白いのだ。牛乳のせいで。食堂におりたらそこは雪国でしたとでも言いたいのか! ここはリュウキュウだぞ!
「……牛乳が、余って……」
「嘘をつけ! 嘘を!」
一瞬考えてから、口を開いたヨウスケに激しく突っ込んで溜め息をつく。見渡す限りの白さは極寒の雪原並に背筋が寒くなる。別にこれらのメニューは悪くない、食べ物に罪はないが、これはちょっとうすら恐ろしいだろ。
野菜と鶏肉のミルク煮だとか、クリームパスタだとか、そんなのはまだいい。だがしかし、ミルク粥とミルク寒天とコーンフレーク(もちろん牛乳にどっぷりと浸されているアレ)が一緒に並んでたらおかしいだろ! 飲み物も牛乳一択だし!
「ユゥジは牛乳、嫌いか?」
「嫌いじゃねぇよ……だがな、限度ってもんがあるだろ。俺以外の奴らもコレだったのか?」
「いや、……まあ、ヒロ以外は」
野暮用のせいで昼食に遅れたらコレだ、他のメンバーの反応が見てみたかった。というか本気で他の奴らにもこれだったのか? 誰か文句言うだろ、タクトとか、タクトとか、タクトとか―――ん?
「ヒロ以外?」
「ああ」
「……なんで」
「…………さあ」
「ちょっとヒロのトコ行ってくる」
「……ああ」
何があったか知らんがこれはヒロの差し金らしい、ということはよーく分かった。ヨウスケは何かを隠すことが本当にドヘタで助かったような、なんというかのような。
しかしこの牛乳尽くし、本当に何のためにこんな……?
「ヒロ、おい、ヒロ!」
「わ! な、なんだよユゥジ……驚かせないでよ、もう」
バァン! とヒロの部屋のドアを開けると、ベッドに座っていたヒロが声を上げた。ちなみに何故、ドアが開けられたかと言えば日中のヒロの部屋は鍵が開け放されているからだ。ヒロに限ったことではないが。
「なんなのさ、いきなり」
ぶぅ。少し膨れた顔で、ヒロがこちらを怪訝そうに見ている。まあ、そりゃあ突然、訪ねりゃこうもなるだろう。だがしかし。
「お前にさあ、ちょっと聞きたいんですけど」
「……なにを」
「俺に牛乳責めして何か楽しい?」
「うっ」
ツンっと澄ました顔が、苦々しく崩れる様を見て、本気で何企んでんだ……と過ぎったのは言うまでもない。視線を四方に彷徨わせ、言い訳を探すように指先を遊ばせるヒロの次の声を待ってはみるが、しかし沈黙ばかりが床に重くたまってゆく。なんだこれ。
「……ヒロ?」
「うう……わ、笑わない?」
「は?」
ちらりと見やられた視線で、ヒロが何か言いたくないことを隠しているのは分かる。それが牛乳責めとどう繋がるかは謎だが。
「笑うようなことなのか?」
「……分かんない。僕にはそう思ったってだけで」
「ふぅん?」
ベッドから降りると、ヒロはデスクの引き出しから一枚紙を取り出してこちらへ寄越した。デデンと見える、健康診断結果の文字。
「なんっじゃこりゃ」
「こないだの、健康診断の結果だよ。見れば分かるでしょ。ダメダメだなぁ」
「そりゃ分かるけど」
これのどこに牛乳尽くしの謎が……と見渡すものの、特におかしなところも見当たらない。視力良好。血圧少し低血圧気味……そりゃいかん。白血球通常通り……うーん?
「何の意味があるんだよ?」
「……ユゥジ、身長いくつだよ」
「は? 185だけど」
「去年から伸びてないでしょ」
「まあそりゃーもう成長期終わってるしなあ」
「だからだよ!」
ヒロがぷっくりと頬を膨らましてそっぽを向いてしまったので、身長? と手元の紙をもう一度確認する。結果表には去年の数値も記載されていて、身長欄を見ると、去年は166cmだったのに、今年は168cmになっている。なんと伸びているではないか!
「ヒーロ、お前、良かったなぁ」
「え……」
ヒロの頭を撫でて笑うと、ヒロがこちらへおずおずと視線を寄越した。なんだなんだ、成長しちゃってこのぉ、なんて言ってやったら、まるで泣いてしまいそうに顔をくしゃっと歪めて、ヒロが声をあげる。だってかわいくないよ。なんて……なんのことだよ。
「ハァ?」
「だってユゥジいつも言うじゃないか! ヒロはちっちゃくて可愛い、って……だからなんか、大きくならないほうがいいかって……で、でも大きくなっちゃって……伸びちゃったからさ、だからユゥジも伸びればいいかなぁって……ヨウスケにお願いしたんだよ、だから牛乳尽くしで……ゴメンなさい」
しゅん。と音が聞こえてきそうなほど恐縮して丸まっていくヒロの背中が愛しいと、ただそう思う。手を伸ばして背中をさすってやると、ごめんね、また聞こえてきて、馬鹿だなあと笑ってやった。
「俺とヒロ、まだ17cmも差があるんだぜ? まだヒロは小さいし、まだ可愛いし、っていうか……別にヒロが可愛いのは小さいからだけでも、ないし」
だからそんな顔しないで、そんなこと気にしてないで、いいのに。愛され慣れない子どもの、不器用な思い込みが愛しくて、そのまま抱き寄せて抱きしめる。すっぽり収まってしまう体温は確かに好ましい、けれど、ヒロの本質がそこではないことだってもうよく知っている。
「別にヒロが俺を追い越したって構わないと思う」
「ほんとに?」
「ほんとに」
「……ありがと」
ぎゅう、と抱きしめ返されて、胸の辺りに額をぐりぐりされて少しだけくすぐったい。甘えてくるこういう仕草が可愛いのだと、ヒロはもっと自信を持つべきだ。
「どういたしまして」
頭を撫でてやると、ヒロの白い肌が、耳まで真っ赤になっているのが分かる。
……白い―――。
「……なあおいヒロ」
「え、なに」
「例の牛乳尽くし、後で手伝えよ……?」
腕の中でヒロが分かったと小さく答える。これでまたヒロの背が伸びたって、別に構いやしないからさ、安心させるように囁けば、もう一度だけ強く抱きしめられる。ヒロの体温が柔らかくて、それだけで幸せな気持ちになれるのだということを、この子どもに知らせてやりたいと、そう思う。
作品名:White Milky Hug and Hug 作家名:ながさせつや