餐美歌を歌おう
カラン、
透明度の高いグラスが音を出した。
中には、外国から取り寄せているというミネラルウォーターにその水で作ったらしい氷が浮かぶ。
クーラーはしっかり効いていて少し肌寒いんじゃないかと思うほどの気温であるが、
氷が入れられたミネラルウォーターはグラスの温度を外気温より下げ、周りにうっすらと水滴を付けている。
グラスの下にはシンプルなシリコン製の黒いコースターが置かれている。
帝人は、その音を聞きながら、どれもこれも高いんだろうな、と考えていた。
「帝人君、もうちょっとまってね。」
台所からはかちゃかちゃという金属音。
帝人は、はい、と小さく声を返した。
どうしてこうなったのだろう、と目の前のグラスを触りながら考えていた。
学校の帰り道、おなかが空いたな、と呟いた。
するとどこからつけていたのか、後ろから両肩をしっかりつかんで、
俺のところにおいでよ。おいしいもの食べさせてあげるよ。
と笑う臨也がいた。
「（結局僕は”おいしいもの”につられたって訳か。）」
この飽食の時代、小学生だってそんな言葉ではつられはしないだろう。
帝人はほんの少し後悔はしていたが、
金回りのよい臨也がホテルからデリバリーさせるという食事に目を輝かさざるをえなかった。
帝人君は何が食べたい？と聞かれ、今まで聞いたことのないような料理名を出された。
意味がわからず臨也に聞けば、一つ一つ丁寧に説明をされ、ぐるぐると頭の中を駆け回るごちそう。
胃が限界を超えきゅるきゅると音を立てていた。帝人は顔を赤くして、決められませんというと、
「じゃあ全部頼んじゃおうか。」
にっ、と笑った臨也が言った。その顔に何故か不安感を感じながらも、いいんですか？と問えば帝人君のためだもの、と笑いながら臨也はホテルへと電話を入れた。
料理が届くまでどんな話をしようか？と臨也は色々話をした。
それは帝人がよく読んでいる漫画の話だとか、最近ほしいと思っているゲームの話であったり、最新の携帯電話の話であったり、どれもこれも帝人が興味のありそうな話であった。
帝人は頭の隅で、気を使ってくれているのかと理解しながら、無邪気にその話にのっていった。
確かに全て興味のある話であったし、今は空腹を紛らわすのに丁度よかった。
それから1時間弱。
やっと届いたごちそう。
帝人は本当におなかと背中がくっつくのではないかと思いながら臨也が食事を用意してくれるのを待っていた。
「さぁ、どんどん食べてね。」
テーブルに所狭しとならべられるごちそうたち。
帝人はいただきますと言うと同時に口に入れ始めた。
見た事も聞いた事もないような料理たちは、どれも帝人の舌を通り過ぎると同時に幸せを齎す。
おいしい、と言う事すら忘れ、帝人はただ無心にそれらを口に入れた。
がつがつ、という擬音語がぴったりであるその行動に、臨也は目を細め満足そうに見つめていた。
空腹に萎んでいた胃が半分ほど埋まった頃、帝人はふと顔を上た。
満足そうにただ自分を見つめている臨也に気づいた。
「臨也さんは…食べないんですか？」
すると臨也は更に笑みを深め、
「俺は少しでいいんだよ。そうだな、デザートだけでいいよ。」
と言った。
体格からしてそれ程食べるようには見えない臨也が言う事に、帝人は小食なのだろうな、と納得した。
それからも帝人は並べられている料理を口に運んだ。
少年から青年になろうとする時期の食欲というものは限りないものがある。
体格がいいとは言い難い帝人であるが、例外ではない。
あれほど並んでいた皿がどんどんと空になっていった。
「ああ、もう食べられません。おなか一杯になりました。」
満足そうに帝人は言った。
限界まで詰め込んだ胃は今にもはちきれんばかりだ。
臨也はそれを見て、にこにこしながら言った。
「たくさん食べたね。じゃあそろそろデザートにしようか。」
臨也は静かに立ち上がると、ゆっくりと帝人が座る椅子に近づく。
帝人のお腹は本当に一杯で、水一口すらもう入る場所は無い、そんな感覚であったからデザートは断るつもりで口を開いた。
「いえ、もうお腹が」
「ああ、大丈夫。俺が食べるだけだから。」
どういう意味ですか？
そう紡ごうとした唇を臨也は自らの唇で塞いだ。
帝人は何が起こっているかわからないという瞳で臨也を見る。
相変わらずの笑みを浮かべたまま、臨也は続けた。
それでは、いただきます。