昭和初期郭ものパラレルシズイザAct.6
「やぁ。少し顔色が良くなった?薬飲んでるちゃんと?」
と
新羅が鞄を置いた後ろで
帝人が畏まって手水鉢を差し出す
「あの・・・先生。手洗いの水・・。」
「あぁ、ありがとう。使わせて貰うよ。」
消毒液を振り入れて
手を洗う新羅の前で
寝床に横たわる臨也は
この数日でやっと顔色が元に戻った
「お陰様でね。あれてっきり毒薬かと思ったけれど?」
「あはは。まぁ毒も薬も使いようだよね。」
「やっぱりね。そうだと思った。」
「取りあえずは持ち直して良かったんじゃない?」
「とりあえず、ね。」
臨也がフフフと嫌味に笑い
「帝人、もうここはいいから。」
と
後ろに控える帝人に言うと
「でも」と
帝人が物言いたげに身じろぎをする
「冗談だよ帝人君。臨也はまだ死にゃしないから。」
安心していいからね
と新羅が笑って聴診器を取り出す
「大体が憎まれっ子世に憚るって言うだろ?」
「酷いな新羅。俺は愛されてるよ?」
「例えば?四木の旦那に?」
「そこに居る子とかさ。」
「あはは。そうだったね。」
「あっ、僕、下がります!」
用があったらすぐ呼んで下さい!と
ぴょこりとお辞儀をして
慌てたように出て行く帝人の頬が
桜色になっているのを見て
満足そうにフフと臨也が微笑んだ
「フフ・・・。可愛い子だ。」
「臨也にしちゃえらく気に入ってるね。」
「だって可愛いだろ?滅多に居ないよあんな子。」
「そうかい?まぁ純朴そうではあるけどね。」
「あぁいう子が化けるのさ。楽しみだよ将来が。」
「へぇ?そんなもの?」
「あぁ。俺の目に狂いは無いよ。」
「ふーん。ちょっと黙って?」
と
新羅が聴診器を臨也の胸に当てて音を聞く
そしてしばらく音を聞いたあと
脈を取り血圧を測ってあちこちを叩いたり押したり
「ねぇ、それ意味あるのかい?」
「うん?まぁ親父の見よう見まねだけどね。」
「なら意味無いんじゃない。」
「あるよ。毎日やってると違いが解る。」
「へえぇ?そう?」
「まぁ信用されてないのはお互い様だからいいけどね。」
いい加減にしないと
と
新羅が眼鏡越しにじっと臨也の顔を見る
「今度。今みたいな事になったら助かる保証ないから。」
「・・・そう。」
「何その諦めたみたいな笑いは?」
「だって仕方ないだろ?」
俺に
どうしろって言うのさ
と
まだ四木に強く押さえつけられた痣の消えない腕に
目をやりながら臨也が微笑む
「それとも新羅が俺を身請けしてくれる?」
「まさか。代々の医者の身代を臨也の為に潰す気無いよ。」
「フフフ。・・・言ってみただけだよ。」
「それに四木の旦那が相手じゃね。」
「そう言う事。」
「一応、俺からも旦那に伝えてはおくけど。今度やったら」
「死ぬよ、って?」
「うん。でもあの人が聞いてくれるかは知らないけどね。」
「別に。新羅に期待しちゃいないから安心していいよ。」
「でも実際困るだろうにあの人も。臨也が居ないとこの店」
「そんなもの。幾らだって代わりは居るよ。」
「そんな簡単なものじゃないだろ?」
「別に四木の旦那はこの店一つ無くても困らないさ。」
「そういうものかねぇ?」
「フフ・・・そういうものだよ。」
「誰か」
四木の旦那より金持ちで強い男が
「臨也を身請けしてくれりゃいいのにと思うよ。」
「それはどうも。お優しい事だね新羅?」
「僕だって一応はね。君の事心配してんだよこれでも?」
「わぁ光栄だな。」
「ホントに。今度やられたら助からないよ?解ってる?」
新羅が珍しく真剣な顔で
臨也の顔を覗き込む
「医者としてじゃない。友人として忠告するよ?」
「・・・新羅らしくもないね。暢気に笑いなよもっと。」
「笑えない状況だから言ってるんだよ。」
「それはどうも。ありがとう。嬉しいよ新羅?」
クイと
寝床から新羅の胸を引き
悪ふざけで口付けしようとする臨也を
新羅が顔を顰めて聴診器で止める
「悪いけど僕は男色家じゃないんでね。」
「いいじゃない。味わってみれば?」
「遠慮させて貰うよ。治療費は現金がいいんでね。」
「ケチ。」
「まさか接吻一つで治療費踏み倒す気だったの?!」
「当然だろ?」
「さっきの訂正。君は当分死なないよ。」
「それは良かった。」
そんな会話をして
医者と患者は時間を過ごし
やがて新羅は立ち上がる
「じゃ。僕はこれで。・・・元気でね?」
「何それ。別れの挨拶のつもり?」
「そうさ。だって」
今度僕が呼ばれた時は
「君は死んでるかも知れないだろ?」
「確かにね。そうかも。じゃ。今までありがと新羅?」
「どう致しまして。君は実にいい患者だったよ。」
「金払いが?」
「それもあるけど。色んな臨床実例としてね。貴重だった。」
「既に過去形になってるんだけど?」
「これは失敬。」
じゃあね
と
馴染みの医者はまるで重みなく
いつものようにへらりと笑って部屋を出て行き
それを寝床から見送る臨也もまた
いつもの笑みで医者の背中を見送り
そして廊下に立ち尽くしている人影を見て
思わずクスリと苦笑する
「・・・何て顔してんのさシズちゃん。」
「・・・悪ィ。盗み聞きするつもり無かったんだけどよ。」
と
言う静雄は何処かへ運ぶ途中だったのだろう
普通の人間ならとても無理な高さにまで
客用の膳をうずたかく積み上げ
それを苦もなく持ち上げて抱えたまま
バツが悪そうに廊下からそっと部屋の中を見ている
「・・・顔色、・・・だいぶ良くなったな。」
「どうも。優秀な医者のお陰でね。」
「・・・ちゃんと薬、飲んでんのか?」
「シズちゃんに心配されなくてもね。」
「そか。悪ィ・・・大事にな。」
狼狽したように顔を逸らして
行こうとする静雄に
今度こそ笑って臨也が言う
「ねぇ。行く前にその襖閉めてってよ。」
「あ?あぁ・・・。」
新羅は襖を開けて出たすぐ前に静雄が居たので
何か用でもあるのかと思ったのだろう
開けたままの襖から今廊下の静雄と寝床の臨也は
言葉を交わしている
静雄は言われて山積みの膳を一旦下へと置いた
そして入り口の襖に手をかけてじっと
寝床の臨也の顔を見る
「・・・何?」
俺の顔に何かついてる?と
臨也がわざと嫌味っぽくフフフと笑うと
静雄が急に不機嫌に顔を曇らせる
「・・・もし俺が旦那なら」
惚れた相手痛めつけて喜ぶようなマネ
「ぜってぇしねぇ。」
何を
この男は言い出すのだろうと
臨也は一瞬きょとんとする
「・・・え?」
「何でもねぇ。手前はずっと寝てろ馬鹿!」
不機嫌に
ぴしゃりと閉じられた襖を
臨也の瞳が呆然と追う
「何・・・今の?」
何を今
あの男は言ったのだろうと考えて
臨也は言葉を反芻し
そして
吹き出す
「何言ってんのシズちゃん?」
無自覚なのだろう
あの馬鹿の事だ
この前
四木を追って飛び出して行った時から
そんな気がしないでも無かったのだが
「ねぇ。」
俺に惚れるなんて
「馬鹿にも程があるよね。俺はただの旦那の道具。」
玩具でしか無いのにさ
「ま・・・。気付いてないからいいけど?」
と
言った側から苦しくなるのは
吹き出す程に
と
新羅が鞄を置いた後ろで
帝人が畏まって手水鉢を差し出す
「あの・・・先生。手洗いの水・・。」
「あぁ、ありがとう。使わせて貰うよ。」
消毒液を振り入れて
手を洗う新羅の前で
寝床に横たわる臨也は
この数日でやっと顔色が元に戻った
「お陰様でね。あれてっきり毒薬かと思ったけれど?」
「あはは。まぁ毒も薬も使いようだよね。」
「やっぱりね。そうだと思った。」
「取りあえずは持ち直して良かったんじゃない?」
「とりあえず、ね。」
臨也がフフフと嫌味に笑い
「帝人、もうここはいいから。」
と
後ろに控える帝人に言うと
「でも」と
帝人が物言いたげに身じろぎをする
「冗談だよ帝人君。臨也はまだ死にゃしないから。」
安心していいからね
と新羅が笑って聴診器を取り出す
「大体が憎まれっ子世に憚るって言うだろ?」
「酷いな新羅。俺は愛されてるよ?」
「例えば?四木の旦那に?」
「そこに居る子とかさ。」
「あはは。そうだったね。」
「あっ、僕、下がります!」
用があったらすぐ呼んで下さい!と
ぴょこりとお辞儀をして
慌てたように出て行く帝人の頬が
桜色になっているのを見て
満足そうにフフと臨也が微笑んだ
「フフ・・・。可愛い子だ。」
「臨也にしちゃえらく気に入ってるね。」
「だって可愛いだろ?滅多に居ないよあんな子。」
「そうかい?まぁ純朴そうではあるけどね。」
「あぁいう子が化けるのさ。楽しみだよ将来が。」
「へぇ?そんなもの?」
「あぁ。俺の目に狂いは無いよ。」
「ふーん。ちょっと黙って?」
と
新羅が聴診器を臨也の胸に当てて音を聞く
そしてしばらく音を聞いたあと
脈を取り血圧を測ってあちこちを叩いたり押したり
「ねぇ、それ意味あるのかい?」
「うん?まぁ親父の見よう見まねだけどね。」
「なら意味無いんじゃない。」
「あるよ。毎日やってると違いが解る。」
「へえぇ?そう?」
「まぁ信用されてないのはお互い様だからいいけどね。」
いい加減にしないと
と
新羅が眼鏡越しにじっと臨也の顔を見る
「今度。今みたいな事になったら助かる保証ないから。」
「・・・そう。」
「何その諦めたみたいな笑いは?」
「だって仕方ないだろ?」
俺に
どうしろって言うのさ
と
まだ四木に強く押さえつけられた痣の消えない腕に
目をやりながら臨也が微笑む
「それとも新羅が俺を身請けしてくれる?」
「まさか。代々の医者の身代を臨也の為に潰す気無いよ。」
「フフフ。・・・言ってみただけだよ。」
「それに四木の旦那が相手じゃね。」
「そう言う事。」
「一応、俺からも旦那に伝えてはおくけど。今度やったら」
「死ぬよ、って?」
「うん。でもあの人が聞いてくれるかは知らないけどね。」
「別に。新羅に期待しちゃいないから安心していいよ。」
「でも実際困るだろうにあの人も。臨也が居ないとこの店」
「そんなもの。幾らだって代わりは居るよ。」
「そんな簡単なものじゃないだろ?」
「別に四木の旦那はこの店一つ無くても困らないさ。」
「そういうものかねぇ?」
「フフ・・・そういうものだよ。」
「誰か」
四木の旦那より金持ちで強い男が
「臨也を身請けしてくれりゃいいのにと思うよ。」
「それはどうも。お優しい事だね新羅?」
「僕だって一応はね。君の事心配してんだよこれでも?」
「わぁ光栄だな。」
「ホントに。今度やられたら助からないよ?解ってる?」
新羅が珍しく真剣な顔で
臨也の顔を覗き込む
「医者としてじゃない。友人として忠告するよ?」
「・・・新羅らしくもないね。暢気に笑いなよもっと。」
「笑えない状況だから言ってるんだよ。」
「それはどうも。ありがとう。嬉しいよ新羅?」
クイと
寝床から新羅の胸を引き
悪ふざけで口付けしようとする臨也を
新羅が顔を顰めて聴診器で止める
「悪いけど僕は男色家じゃないんでね。」
「いいじゃない。味わってみれば?」
「遠慮させて貰うよ。治療費は現金がいいんでね。」
「ケチ。」
「まさか接吻一つで治療費踏み倒す気だったの?!」
「当然だろ?」
「さっきの訂正。君は当分死なないよ。」
「それは良かった。」
そんな会話をして
医者と患者は時間を過ごし
やがて新羅は立ち上がる
「じゃ。僕はこれで。・・・元気でね?」
「何それ。別れの挨拶のつもり?」
「そうさ。だって」
今度僕が呼ばれた時は
「君は死んでるかも知れないだろ?」
「確かにね。そうかも。じゃ。今までありがと新羅?」
「どう致しまして。君は実にいい患者だったよ。」
「金払いが?」
「それもあるけど。色んな臨床実例としてね。貴重だった。」
「既に過去形になってるんだけど?」
「これは失敬。」
じゃあね
と
馴染みの医者はまるで重みなく
いつものようにへらりと笑って部屋を出て行き
それを寝床から見送る臨也もまた
いつもの笑みで医者の背中を見送り
そして廊下に立ち尽くしている人影を見て
思わずクスリと苦笑する
「・・・何て顔してんのさシズちゃん。」
「・・・悪ィ。盗み聞きするつもり無かったんだけどよ。」
と
言う静雄は何処かへ運ぶ途中だったのだろう
普通の人間ならとても無理な高さにまで
客用の膳をうずたかく積み上げ
それを苦もなく持ち上げて抱えたまま
バツが悪そうに廊下からそっと部屋の中を見ている
「・・・顔色、・・・だいぶ良くなったな。」
「どうも。優秀な医者のお陰でね。」
「・・・ちゃんと薬、飲んでんのか?」
「シズちゃんに心配されなくてもね。」
「そか。悪ィ・・・大事にな。」
狼狽したように顔を逸らして
行こうとする静雄に
今度こそ笑って臨也が言う
「ねぇ。行く前にその襖閉めてってよ。」
「あ?あぁ・・・。」
新羅は襖を開けて出たすぐ前に静雄が居たので
何か用でもあるのかと思ったのだろう
開けたままの襖から今廊下の静雄と寝床の臨也は
言葉を交わしている
静雄は言われて山積みの膳を一旦下へと置いた
そして入り口の襖に手をかけてじっと
寝床の臨也の顔を見る
「・・・何?」
俺の顔に何かついてる?と
臨也がわざと嫌味っぽくフフフと笑うと
静雄が急に不機嫌に顔を曇らせる
「・・・もし俺が旦那なら」
惚れた相手痛めつけて喜ぶようなマネ
「ぜってぇしねぇ。」
何を
この男は言い出すのだろうと
臨也は一瞬きょとんとする
「・・・え?」
「何でもねぇ。手前はずっと寝てろ馬鹿!」
不機嫌に
ぴしゃりと閉じられた襖を
臨也の瞳が呆然と追う
「何・・・今の?」
何を今
あの男は言ったのだろうと考えて
臨也は言葉を反芻し
そして
吹き出す
「何言ってんのシズちゃん?」
無自覚なのだろう
あの馬鹿の事だ
この前
四木を追って飛び出して行った時から
そんな気がしないでも無かったのだが
「ねぇ。」
俺に惚れるなんて
「馬鹿にも程があるよね。俺はただの旦那の道具。」
玩具でしか無いのにさ
「ま・・・。気付いてないからいいけど?」
と
言った側から苦しくなるのは
吹き出す程に
作品名:昭和初期郭ものパラレルシズイザAct.6 作家名:cotton