刹那の触れ合い
回廊の先の巨大な扉の前で立ち止まり、その扉に触れて押すとその大きさに見合わない軽さで開いていく。
ある程度開き、中に入ると扉は勝手に閉まるがそんな事に気にも留めず、顔を上げ見据える。
見据えた先にあるのはなだらかなスロープの先にある黒い鉱石で造られた玉座、
その玉座には鈍色のフルアーマーで全身を覆われた巨躯の騎士が悠然たる態度で腕を組み座っていた。
微動だにせずただ座っていた巨躯の騎士が首を動かし、自分を見据える者を捉えた。
瑠璃色の鎧兜の戦士。戦士の両手に光が灯り、光は剣と盾となり両手に握られる。
巨躯の騎士は玉座より立ち上がり、床に突き刺してある巨躯に相応しい大剣を抜き構えた。
「……ゆくぞ、ガーランド」
剣の切っ先を相手に向け今までの沈黙を破り、低く良く通る声で戦士が騎士に向けて発した。
「来るがよい、ウォーリアオブライト」
相手の騎士――否、今は猛者と呼ばれるガーランドが光の戦士に応えた。それが合図だ。
光の戦士が真っ直ぐガーランドに向かってスロープを駆け上がる、
ガーランドは床を強く踏みしめ得物たる大剣を振り下ろす。
振り下ろされる大振りの大剣を光の戦士は難なく躱し、そのまま懐に滑り込み斬り付ける――。
――寸前に跳び退さる。銀にも見える青い髪が一房、持ち主から離れて宙を舞う。
ガーランドの左手に剣が握られていた。ガーランドは左手の剣を逆手に構え光の戦士に斬り付ける。
光の戦士は剣で弾き、右側からの大剣を盾で受け止め流し、
右足を軸に時計回りに身体を捻り遠心力を付けて斬り上げる。
ガーランドはバックステップで躱すが、鎧の表面が削れた。躱したガーランドは腰だめに剣を構えて突進する。
光の戦士は後ろに下がって躱そうと足を引いたが、すぐに横に大きく跳んだ。
大剣が槍の如く伸び、跳び退さる光の戦士のマントの端を奪っていった。
着地し、それをバネに光の戦士はガーランドに向けて駆け出す、
ガーランドは構えはそのままで気合いの雄叫びと共に旋回する。
光の戦士は床を強く蹴って後ろに飛び、空中で鮮やかにとんぼ返る。
「閃光よ!」
光の戦士が真紅の剣を放つ。
「灰になれぃ!」
ガーランドが焔の矢を解き放つ。真紅の剣と焔の矢は中空でぶつかり合い炸裂する、
その下を光の戦士とガーランドは駆け抜け、互いの一撃を互いの剣で受け止め、斬り結ぶ。
その度に響く金属同士のぶつかり合う音と火花、背で舞う薄黄と紫苑のマント、
翻る光の戦士の純白の裳裾。荒々しくも何処か美しさも伴う舞踏の様に二人は剣を交える、
幾度目かのぶつかり合いで二人は離れようとせず鍔迫り合いになる。
激しく鍔迫り合う、光の戦士の細腕の何処にそのような膂力があるのか、
弱冠ガーランドが押してはいるが微々たる変化で拮抗している。
鍔迫り合う中、ガーランドと光の戦士は互いを見る。
互いの呼吸を感じれる程の距離で見つめ合う水浅葱の瞳と兜の奥に隠された紫黒の瞳、
永遠とも思えた一瞬だった。
鍔迫り合いを止めて二人は後ろに跳び下がる。
光の戦士は剣を腰に寄せて後ろに引き左手を添え、ガーランドは左腕を胸の前にかざす。
冴え凍る様な水浅葱と燃え盛る様な紫黒、二人の瞳が交錯した瞬間、二人は床をを蹴った。
終わりは割とあっけないような気がした。
ガーランドの身体に跨がり、光の戦士はその喉元に切っ先を突き付けていた。
そのまま鎧の隙間から突き刺せば終わるのだが、光の戦士はその態勢のまま動かない。
「どうした、止めは刺さぬのか…?」
ガーランドが光の戦士を見上げてその様子に訝しむ、先程の冴え凍る様な水浅葱の瞳は何処にも無かった。
途方に暮れている、それを見事に体現している表情だった。
「ライト?」
思わず名を呼んでみる、光の戦士は徐ろに剣を下ろして床に置く。
そして兜を外し、黙って様子を見ているガーランドの兜に手を伸ばしてきた。
光の戦士はガーランドの兜に手を掛けて外し、それを横に置きもう一度手を伸ばして顕になった頬に触れた。
それだけで何もせずガーランドを見下ろしている。この後、どうすれば良いのか分からないようだ。
そんな光の戦士にガーランドは苦笑して右腕を上げ、彼の背に手を回して引き寄せた。
突然のガーランドに引き寄せられ光の戦士は驚き、
咄嗟に頬に伸ばしていた手をガーランドの顔の横に手を置く事で落ち着くが、ある事に気付く。
ガーランドとの距離がかなり近くなってしまった、
身体を起き上がらせたくてもガーランドががっちり腕を回していて無理。
それでも抜け出そうと藻掻いていた光の戦士はガーランドを見て動きを止める。
先程の燃え盛る様な紫黒は鎮まり、宵闇の様な穏やかさで見上げている。
その穏やかさに光の戦士は力を抜く、ガーランドは背中に回していた手を後頭部に持っていき、
光の戦士の唇に軽くキスをした。光の戦士もガーランドの唇にたどたどしくキスを返す。
宵闇の様な紫黒色と水面の様な水浅葱が見つめ合う、争い合う僅かに生まれた触れ合い。
それが持つ意味を二人は知っているかもしれないが、二人は敢えて目を背ける。
今の二人には互いしか映っていないのだから――。