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色彩りキャンバス

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タタル渓谷から見える海は穏やかだった。
ダアトの私室から見える景色より、ずっとずっと綺麗だと思える。
イオンは、遠く聞こえる海のせせらぎを耳にしながら、ティアの作ったケーキがどうとか、という会話を意識の端で聞いていた。
イオン様。弾んで自分を呼ぶ高い声は、よく知っている彼女の声だ。イオンは、ゆっくりと振り返った。

「ティアが作ったケーキなんですよ。おいしいですから、どうぞ」

差し出された可愛いつくりのケーキにティアらしいですね、と笑い、受け取る。
海を眺めながら、甘い甘いケーキを口に運んだ。あまり食べたことがないものだったから、イオンはとても嬉しくて仕方なかった。あの絵本に、食べ物に世界に感情に、すべてのものが鮮やかだ。
イオン様。彼女がイオンの隣に膝を折って座り、どうかしましたかと訊いた。イオンはただ笑って、いいえ、と答え、少しの沈黙の後、尋ねた。

「アニスは、人魚姫の話、知っていますか」

彼女は唐突なイオンの質問に目を丸めた。だけど切り替えが早く、はい、と頷いた。
確か、人魚が人間に恋して報われなくって愛した人を姉妹かなんだかに貰った短剣で刺して殺せば海に還れるっていうのに殺せなくて、で、結局海に飛び込んで泡になったっていう悲恋の話ですよね。
彼女はまくしたてるように、どこで息継ぎをしているのかよくわからないくらいの速さで話した。イオンはそれに苦笑しながらも、はい、と頷いた。そして視線を海へ。渓谷から見える海は、とても凪いでいた。

「彼女は、幸せだったんじゃないか、と僕は思いました」

イオンはひっそりと呟く。
アニスは膝に持ってきたトクナガの両手を掴んだまま停止して、イオンを見た。不思議そうに、幸せだった、とイオンの言ったことを繰り返すように口の中で呟いた。そして、トクナガを両腕に閉じ込めて、どうしてそう思ったんですか、と彼女は静かな視線を向けた。
イオンは、微笑む。この物語を思い出すたびに、きっと自分はルークのことを思い出せる。
ルークから連鎖して、話を聞かせてやっただろうガイに、仲間の人達のこと。
ああ、なんて眩しいのだろう。イオンは思った。
海という大きな湖に溶けた人魚姫の涙は、こんなにも穏やかで凪いでいる。愛した人を殺せなかったのだ。殺せるはずもない。なんて綺麗な感情を持って、海へ。
そしてイオンはただ、物語が悲しく聞こえないように話してやったのだろうガイと、それを覚えていたルークを、少し羨ましく思った。

だって人魚姫は最後まで、王子を愛していたんですから。

アニスは、完全に動きを止めた。イオンはそれには気づかずに、ずっと涙でたまった大きな湖を見ていた。
これから、いつか起こるであろう自分に降りかかるすべてのものを、受け入れていければいいと思いながら。

きらきらと輝いている。なんて眩しい、淡い色。



作品名:色彩りキャンバス 作家名:水乃