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萬屋顛末記 其の参

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「今日はありがとな、萬屋」


 今日の依頼の材木問屋の手伝いが終わりそう店の人間に声を掛けられると、静雄は軽く会釈をしてからゆっくりと歩き出した。

 今日の静雄の仕事は材木問屋の荷運びの手伝いだった。

 静雄は普通の人間にはありえないほどの怪力の持ち主であったため、今日の仕事ではかなり重宝された。

 普通の人間が3人がかりでようやく運べるほどの荷を一人で軽々と運んでしまったのだから、重宝されても仕方が無いのだが。

 まぁそのおかげで今日の報酬も弾んでくれたのだから、店の帳簿を一切任されている帝人も喜んでくれるだろう。

 店に帰って今日の報酬を帝人に渡さないと安心はできないのだが。

 今日は早く帰ろうととりあえず店に向かうために足を早めようとしたのだが、その足が不意に止まった。

 進もうとした先に見知った人間……共に萬屋で働く者がそこにいたためだ。

 静雄は笑顔を浮かべながらその人間の元へと駆け寄った。


「とむさん。どうしたんですか?」


 駆け寄りながらそう声を掛けるとその相手……萬屋の仲間の一人である、とむがにやりと笑った。


「いや、そろそろお前も終わりじゃないかと思って此処で待ってたんだよ。

 どうせ同じ場所に帰るなら一緒に帰るかと思ってな」


 そう言いながらとむがゆっくりと歩き出したので、静雄はそれについていくかのように自分も歩き出した。

 自分が材木問屋の手伝いに出ていたように、とむもまた萬屋の仕事として薬種問屋の商品整理の手伝いをしていた。

 萬屋の中ではそれぞれ役割分担が決まっており、萬屋の店主である帝人は店番と帳簿付け、失せ物探し等頭脳労働担当、正臣はその失せ物を実際に確保して来たり、人探しをしたりと主に帝人が見つけたあとを補い、静雄は主に力仕事担当、とむは店から頼まれたツケの回収担当の他に他の仲間達ができないような仕事を主に担当していた。

 もう一人萬屋にはセルティという仲間がいるのだが、彼女は運びの仕事以外できないため、他の仕事をする際には数に入れていない。

 今日のとむの仕事の薬種問屋の商品整理は専門的な知識はいらないと予め店の主人から言われていたのだが、扱う物が物だけにとむが行っていた。

 なんでもソツ無く熟すとむが仕事を失敗するなどありえないと静雄は思っているのだが、何事もなかったように歩いているので、やはりしっかりと仕事を片付けて報酬を貰って来たのだろう。

 とむさんが失敗するなんてそう無いだろうと心の中で呟いてから、隣に並ぶように歩き出すと、とむが静雄に笑顔を向けた。


「お前も無事に仕事をこなせたみたいだな。

 さっさと店に帰ろうな。もうどうせ帝人も正臣の奴も店にいて、俺達の帰りを待ってるだろうしな。

 もう夕餉の時間だから、早く帰らないといつもの飯処に行く時間がなくなるって帝人の奴に文句言われるかもな」


 だから急ぐかと笑顔のまま言ってから、とむは少しだけ歩く速度を早めた。

 静雄もその速度に合わせるかのように自分も速度を早める。

 そんなふうに自分たちを待っている人間の下に急ぐように帰るのもそろそろ慣れてきたと、静雄は歩きながらそう心の中で呟く。

 萬屋の帝人に会うまでは江戸の中でこいつにだけは関わってはいけないとまで言われていた暴れ者だった自分。

 本気で殺したいと思っている相手である臨也に会えば、比喩ではなく街がなくなってしまうのではないかと思われるほど暴れまわっていた日々。

 その時は自分の周りには近づくものなど皆無で、ただ一人鬱蒼とした日々を過ごしていた。

 だがある時、江戸に出てきたという帝人に出会い、その帝人に『一緒に萬屋をやらないか』と誘われ、ただ鬱蒼とした日々を過ごすよりはと、その誘いに乗った時から自分の周りの世界が変わった。

 帝人だけでなく、正臣、とむ、セルティと自分の周りに仲間と言える人間が増え、自分に普通に声を掛けてくる人間も増えた。

 未だに臨也に会えば殺し合いを始めはするが、それでも一人だけで過ごしていた日々とは全く逆の世界が静雄の周りに広がったのだ。

 今だって自分以外の人間と夕飯を取るために店へと急いでいるが、そんなことをしたのは帝人達萬屋の仲間たちに出会ったからだった。

 悪くない。

 店へと向かう足を進めながら静雄は小さく呟く。

 こうやって、自分を待っている仲間達がいる場所に帰るという日常。

 そんな少し前までは考えもしなかった日常に思わず笑みを浮かべてから静雄は更に歩く速度を早めた。
作品名:萬屋顛末記 其の参 作家名:小島泉