新羅と臨也
学校の授業は新羅には簡単すぎて退屈なものだった。家に帰れば愛しのセルティがいるが、彼女はこの時はまだ新羅につれなかった。“首”を探すのに夢中で新羅と長く会話を交わしてくれるわけではなかった。新羅には親しい友人がいるわけでもなく、家族との交流を深めるでもなし。学校でも孤立していた新羅は退屈していた。
成績の良い新羅は学校の教師たちからは期待されていた。しかし周りにあまり興味のない新羅はその期待に対して何か重荷に感じたりもしない。退屈を感じながらも、マイペースな中学生生活をそれなりにまったり過ごしていた。
岸谷新羅と同じクラスに、折原臨也という人物がいる。
こちらも新羅ほどではないが成績優秀の上容姿端麗、運動神経抜群という女生徒にもてそうなスペックを持った生徒ではあるが、いかんせん目つきが悪く危険なオーラを振りまいている。入学式の次の日に上級生と喧嘩を起こし、10対1という圧倒的不利な状況で上級生を全員入院送りにしたらしい。ただし折原自身もしばらく学校へは来なかった。
見た目からして、性格の悪そうな少年だった。何をそんなに不機嫌なのか、何に対して怒っているのか。彼の鋭い睨み顔は見た事があっても、笑顔など見た事がない。彼の周りには喧騒が絶えず、良くも悪くも噂の恰好の対象だった。
怖い人たちとはかかわらないようにしよう。僕は体力もないし、喧嘩したらボコボコにされちゃう。痛いの嫌だし。あ、セルティからの痛みならば私は喜んで受け入れるけどね。
いつも一番後ろの廊下側の席に座っている折原をちらりと見て、新羅は思った。
放課後、新羅が図書室で医学書を読んでいると、窓の外からどなり声が聞こえてきた。何を言っているのかまでは聞こえなかったが、「折原」という名を叫んでいた気もする。
また折原臨也が上級生と喧嘩をしているのだろうか。彼は顔しか良い所が無いくせにいつも顔にも体にも傷を作っていた。授業には出席しないし、たまにいると思えば机の上に足を乗せてどこかを睨みつけていた。(余談だが何度席替えをしてもなぜか彼の席はいつも一番後ろの廊下側の席だ。何らかの不正を働いているとしか思えない。)
どうせいつものように喧嘩に明け暮れているのだろう。そう思い呆れはしたが、所詮他人事である。人間に対する興味も薄く野次馬精神など持ち合わせていない新羅は、すぐに手元の医学書に意識を戻した。
時間は夕方の6時を回り、少し暗くなってきた。そろそろ帰宅するかと図書室を出たが、携帯電話を教室に忘れた事に気付いた。新羅の携帯に連絡をくれるような人間は二人しかいない上、連絡が来ることは稀だったが、そのうちの一人であるセルティは新羅の世界の全てとも言っていい存在である。新羅は教室へ戻るため足を運んだ。
教室へ戻り、一番前の真ん中の机の中を探す。視力の悪い新羅の指定席である。目当ての携帯電話を手に取り開く。新着メールなし。携帯を鞄にしまい、教室を後にしようと後ろを振り向く。
目の端、一番後ろの窓側の席のあたりに地面に横たわるものがあった。何だろうと思って新羅は近づく。人間が倒れているらしかった。
誰だろう、知ってる人かな。救急車を呼んだ方がいいのかも。流石の新羅といえども、目の前で倒れている人間を放っておく程非常なわけでもない。
新羅は倒れている人間の目の前に立った。
彼は折原臨也だった。
セルティは快く学校へ来てくれた。
明らかに殴られ喧嘩していただろうボロボロの人間を、影をいくつもの手のように伸ばして後ろの座席に乗せた。
他人の為にセルティを使うなど、新羅には業腹ものだったが、仕方ない。彼を見つけてすぐ、新羅は救急車を呼ぼうと携帯電話を取り出した。しかし折原はそれを止めた。意識があるのと新羅が問いかけると、今目が覚めたと彼は言った。救急車を呼ばないなら、どうするつもりかと聞くと、彼は再び気を失ってしまい答えを聞けなかった。仕方なく、彼をひっそり運べるであろうセルティを呼んだのだ。
臨也をバイクの後ろに乗せ、セルティはバイクを押して新羅は歩いた。シューターを飛ばして先にこの男を運ばなくていいのかとセルティは聞いてきたが、折角二人で下校できるチャンスを新羅が見逃すはずもなく。時折呻く折原をセルティは心配そうにしていたが、新羅はセルティは優しい子だね流石俺のセルティ!と言って喜ぶだけだった。
とりあえず自宅に折原を連れて帰る。彼の自宅など知らないし、傷の具合もそれなりに悪そうだったからだ。
意識のない彼をベッドに乗せ、傷の具合を調べるために服を脱がす。薄っぺらい体で、よくこんな新羅と大して変わらない体格で上級生に立ち向かう度胸があるなと、新羅は感心した。
『お前がチキンなだけだろ』
「酷いやセルティ!でも僕はそんなSっけのあるセルティもあいしぐふぅ」
折角ほめたのに殴られてほんの少ししょんぼりしながら男の治療をしていく。折原の上半身裸なんて見ても楽しくないセルティだったらよかったのにと、青くなっている痣を八つ当たりのように強く指圧した。
「ぐ……あぁ……」
痛みに折原は呻いた。その声で目を覚まし、薄く眼をあける。
「あ、気付いた?君さ、教室で気絶してたんだよ。救急車呼ぼうと思ったんだけど、君が止めたんだ。覚えてるかい?」
新羅が問うと彼は煩そうに顔をしかめて頭に手を当てた。何も答えない折原に新羅は気にせず治療を再開した。
「!触るな……!」
突然折原が暴れだしたので、新羅はびっくりして尻もちをついてしまった。その上から折原はマウントポジションをとり、拳を振りかぶる。それを見ていたセルティは慌ててその拳を掴んだ。折原は背後を振り返り、新羅の上から退くとセルティの手を振り払う。なんともったいない!と新羅は叫ぶが、恐らく折原は新羅の言葉の意味が分からないだろう。振り払った手が、セルティのヘルメットに当たった。セルティのヘルメットが音を立てて転がり、首の上から煙のような黒いものが上がった。
『………………………』
「………………………」
折原は顔を真っ青にした。
「………………………うわあああああああああ!!!!!!!」
新羅にしがみついてガタガタ震える折原に、新羅は大きな声を出して笑った。何だが出るほど笑ったら、顔を真っ赤にした臨也に殴られた。首のない彼女の事を紹介して、彼女はお化けじゃないよと笑うともう一度殴られた。
すっかりおとなしくなり治療を終えた折原に、もう今日は遅いし泊まって行ってもいいよと言うと、折原は軽く笑って断った。小さい妹がいるから今日はもううちに帰るよ。そう微笑む彼の顔は穏やかで、ずっとそのままの顔ならきっともてるんだろうなぁと新羅でも思った。
バタンとしまったドアを見て、そういえば彼の笑顔なんて初めて見るやと気付いた。
その一件で、二人は仲良くなった。臨也にとっては初めての、新羅にとっては二人目の友人ができた。