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其れをどうしたら越えられる

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僕には彼が光って見えました。
きら、きら、きら。
光って、光って見えるのです。




其れをどうしたら越えられる




頭の良さ、運動神経の良さ、術の上手さだとか。
僕は彼の全てに羨望し、又、嫉妬していた。


「ねえ、三郎。何で僕に変装するの」
部屋で二人で寛ぐ今、ふ、と疑問が口を付く。
君が何で僕なんかに変装するのか、分からなかった。
君は、完璧じゃない。
なのに、なんで?


「なあに、いきなり」
きょとんと目を丸くさせた三郎は僕の顔なのになんだか可愛くて――‥ほら、君は僕に変装していたとて人を惹き付ける。


「いきなりじゃない、ずっと、君は何で僕に変装するんだろう、って、思ってた」
劣等感に苛まれていました。ずっと、ずっと。
三郎が僕の顔に変装する。同じ顔。
自ずと、比べられる。
三郎は天才で、全部そつなく熟して、人を惹き付けて。
僕はと云えば凡人で、全てにおいて普通、だ。
彼と比べられると云う負担は僕が思うよりもずっと重いものだったのでしょう。
だから唐突に、口からふ、と、零れてしまった。
劣等感は指先から足首まで、足首から膝まで、膝から腰まで‥‥‥どんどんぽたり、ぽたり、水のように溜まって行き、遂に頭のてっぺんまで満杯にして口から洩れてしまったのです。


ああ、云っちゃ、いけないのに。
未だなおも身体中に劣等感を注ぎ込まれ続けるから、ああ、口が止まらない。


「僕は普通の、普通のヒトだ。際立った才能も無いし、忍者のくせに迷い癖は在るし、ほんと、普通だし。なのに君が僕に変装するから、僕は君と比べられてしまって、いつも劣等感に苛まれる」
ああ、こんな事が云いたい訳じゃ、ないのに。
目を丸くした三郎の無垢な視線が、痛い。


「なんで君は、僕なんかに変装するんだ‥‥」
そこまで一気に云い、堪えられない程の自己嫌悪に包まれて思わず顔を両手で覆った。
ああ、きっと三郎は傷付いただろうな。ごめんね。


「雷蔵、」
気遣うような、心配そうな声が鼓膜に響く。
耳に心地好い、三郎の声。


「俺は、雷蔵が羨ましくて、雷蔵に変装してるんだよ?」
鼓膜に届いた凛とした声音の台詞は僕を驚かすには十分で、思わず目を見開いた。
両手を離して三郎の顔を窺えば声音の通りに毅然とした表情をしていて、冗談で云ってる訳では無いのだ、と分かる。


「雷蔵は、誰より優しくて、強いよ。俺は、雷蔵に憧れてる。羨ましいし、嫉妬する。雷蔵は俺に無いもの、全部持ってる。出来るなら、俺は雷蔵みたいに成りたい。だから、ほしくて、真似するの」
嘘だ、なんて口を挟む間も無く一気にそう云ってのけた三郎。
その表情は、真面目そのもの。
自分ってこんな真剣な表情、出来るんだ。


「僕、は‥‥三郎が羨ましいよ。君は天才だし、強いし、君と居ると才能の壁とかそう云うの、感じる。憧れるし、尊敬するし、嫉妬、する。君は僕に無いもの、全部持ってる。出来るなら僕こそ、三郎みたいに、成りたい」
せきをきったようにまくし立てた言葉。
真面目に云っている、から、僕も今、三郎と同じ表情をしているのかも、しれない。
三郎はまた目をきょとんと不思議そうみ丸くして、ひとつ、笑った。


「なら、二人で居れば完璧じゃない」
俺が持ってるもの、俺に足りないもの。
雷蔵が持ってるもの、雷蔵に足りないもの。
二人で居れば補える、でしょう。
ね?と云ってにこにこ笑う三郎を見ていたら、なんだか、悩んでいた自分が馬鹿らしく成って。
僕も釣られて、笑った。


「そう、だね、‥‥うん、そうだよ」
ほら、やっぱり君は天才だ。
僕の悩みをこんなにあっさり、打ち砕く。
くすくす二人で笑って、同じ表情して。僕たち本当、双子みたい。
人間なんてきっと、所詮無い物ねだりの生き物なのだ。
だから自分の欠けた部分を補う為に、一人では生きていけない。
人と云う字は、ヒトが二人支え合って出来た字だもの、ね。


「これからも、ずっと、一緒、ね。約束」
そう云い乍らに差し出された三郎の小指に自分の小指を絡め、思わず頬が緩む。
才能を越えるとか、君を越えるとか、しなくても、良いのだ。
君は君で、僕は僕で。
越すんじゃなくて、一緒に隣で、歩めれば、良い。


(君にとっても、人と云う字の片方が僕で合ってほしい、な、)
絡まる指先の仄かな、熱。
僕らふたり、おんなじ顔を見合わせて、笑った。