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恋なんか盲目じゃない(カヲ→←シン)

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千切れてしまいそうだ、と泣いていた。濃紺の瞳が、頼りない肩が、全身が、心が。泣いて、泣いて、痛そうだった。見ていられなかった。こちらまで、千切れてしまいそうだった。
だから、惹かれた。あんなにも切ない、痛み、なんてものをカヲルは知らなかった。知らないから理解し難かったし、理解し難いからこそ知りたくなった。それがただの無いモノねだりの興味本位であったのかは、カヲルにはわからない。それでも今、カヲルは彼、碇シンジと共にいる。友人とも恋人ともいえる、微妙な距離に。

「ついていないなぁ。あの紅茶、飲みたかったのに…」

残念そうにぼやきながら、シンジは売り切れ表示の紅茶の右隣、緑茶のボタンを押した。ガコン、と響く落下音の後に腰をかがめて缶を拾い上げた彼は、予想以上の熱さに驚きながらも、かじかむ指先を押し当てて「温かい」とカヲルに満足そうな笑みをみせた。
放課後の時間帯、学校の中庭はがらんとしている。部活動に勤しむ生徒以外は、今にも雪が降り出しそうに白んだ冬の空が映す寒さに、学校に残ろうなどと思う者は少ない。だからここには、寒さに根負けして温かな飲み物を購入しにきたカヲルとシンジの二人だけしかいなかった。カヲルの右手には、一足先に購入したホットコーヒー(無糖)が握られている。

「やっぱり外だと、息…すごく白い」
「さすがに夕方はぐっと寒くなるね。さぁ、教室に戻ろう」
「うん」

寒さに耐えられないのなら、日が落ちて更にそれに拍車がかかってしまう前に帰ればいい。それなのに、寒い寒いと嘆きながら、わざわざこうして時間を過ごす。それは、どうしてなのか。そう思って、カヲルは思考を放棄した。考えても答えが出ないことがある、と知ったのは極最近だった。思考の放棄、なんて愚かなことを聡明な彼は以前まではしなかった。何かしらのピリオドを打てていた。それなのに、今ではとても無理だ。
理解し難いことを知りたかったはずなのに、理解し難いことばかりが増えていく。シンジといると、そうだった。彼といると、いつの間にか、無駄なことだと捨ててきたことをしている。いつの間にか、ひとりの時間を自ら削っている。いつの間にか、意図せずとも口角が上がっている。いつの間にか、いつの間にか、自分自身を理解し難くなっていた。

「僕はいつの間にか、君が思うような人間じゃあ、なくなってしまったのかもしれない」

がらんとした教室は人影もなく冷えていた。リノリウムの床に上履きのゴム底が擦れるのを感じながら無人の机の群の合間を掻き分け、ふたりは窓際にあるシンジの席に赴く。カヲルはその前方の、所有者が帰宅した席を拝借した。
冷えた窓ガラスを覆う黄色に焼けたカーテンは、足早に去ろうとする夕陽にぼんやりと染まって、時折家路へと羽ばたく鳥の陰を滑らせていた。帰るべき所を、みんなが知っている。自分の所在地を、誰もが理解している。夕暮れ時は、そんな時間だ。だから、なんとなくセンチメンタルな心持ちになっていたのだと思う。カヲルは自分の唇から言葉が零れるのを、他人事のように聞いた。

「…それって、どういう意味?」

熱いお茶に舌先を丸めながら、カヲルの言葉にシンジは首を傾げる。当然とも云える彼のその問いに答えようがなくて(自分でも、どういう意味か分からなかったのだ。ただ、唇から勝手に零れてしまったのだから)、カヲルはにっこりと笑んでみた。だけれども、気弱そうな色のその奥に確かな光を揺らすシンジの眼に射抜かれては、どうにも恰好が付かなった。

「すまない…自分でも、よくわからないんだ。今のは、忘れて欲しいな」

気弱そうに眉尻を下げたカヲルは、何処か所在なさ気に缶コーヒーのプルタブを押し上げた。間の抜けた空気音がして、安っぽいコーヒーの香が湯気と共に上がる。それを彼が白い喉に流し込むのを、シンジはじっと見つめていた。

「本当はね、僕…」

そこで一端切って、シンジは一口茶を含んだ。これに続く言葉を発するために、丹念に喉を潤しているようだった。濡れた唇に彼の赤い小さな舌が一往復する。カヲルの視線は、それをゆっくりと追った。

「カヲルくんのこと、何にも知らないんだ…」

僕の眼は臆病で、役立たずで、何にも見えないんだ。そう零した濃紺が、頼りなく揺れる。その奥の灯火までもが、掻き消えてしまいそうな程の淡さで。

「…シンジ、君…」
「ウソ…ほんとは、見ようとしないだけ、なのかもしれない」

手にした缶コーヒーからは、熱がみるみる冷たい空気に奪われていく。感じていた確かなものが失われていく感覚に、カヲルは缶を握りしめた。それでも、指の隙間から、空気の合間から、留めることの出来ない何かが、するりと滑っていってしまう気がした。
何かを口にしなければ、そう思って開いた唇は役立たずだった。はくはくと、無意味な呼気が白く拡散していくだけだった。その向こう側で、千切れてしまいそうな表情のシンジが、力なく存在していた。
あ、と思う間もなかった。明瞭な冬の朝の冷気に晒されたような、縺れていた何かがふとした拍子にするりと解けたかのような、そんな感覚だった。とにかくその時、カヲルの胸の内で全てに合点がいったのだ。
縋るように手にしていたコーヒーの缶を、投げ捨ててしまいたくなった。どうして自分は今、至極大切そうにこんなものを掴んでいるのだろう。この手は、こんなことのためにあるわけではないのに。

「シンジ君。僕は今、初めて君を見つけた。見つけて…ようやく、君を見ている」

失わないように、カヲルの手はシンジの右手を攫った。無防備な彼の小さな手は、カヲルの手の中で優しい熱を纏っていた。見開かれたシンジの瞳が数度瞬くと、ほろりと音がしそうな程に大きな水粒が、彼の睫毛の先を伝って落ちた。



End