一番嬉しかったこと
テストの得点を調べる紙を今日の授業前に渡され、始まる前に聞かなくては、と、しかしまず挨拶だと口を開いた瞬間、席に着くより早く、生徒は、イタリアは嬉しそうに叫んだ。
ドイツはその勢いに一瞬怯んで、辛うじてあぁ、とだけ言った。
「テストでね!」
あぁ、聞く手間が省けた、と思う。喜色満面の笑みからしてきっと点が上がったのだろう。どのくらいだろうか。しかしまだほんとうに上がったかはわからん、落ち着け。講師側も緊張の一瞬だ。ドイツは黙って、自分のスクールバッグを漁っているイタリアを見守る。暫くしてすぐに、鞄の中で少しくしゃっとなってはいたが、お目当てのテストが取り出される。
「じゃーん!」
にこにこと、その手に握られているテストの点数は、64点。
「20点も上がったんだよー!」
前の点数は45点より少し上くらいだった。確かに20点近く上がっている。
「すごいじゃないか!」
ドイツは思わず、我を忘れて心底感嘆してしまった。ぐしゃぐしゃと頭を撫でてやると、イタリアは少しくすぐったそうな、しかし誇らしげな顔を見せた。
幸い他の講師も自分の生徒の成績に一喜一憂しているらしくその様子を見た者はいないようだが、ドイツは気恥ずかしくなって、気を取り直すように一つ、咳ばらいをする。
「よく頑張ったな」
少し落ち着いた、講師時用の声に戻して労うと、イタリアは何か言いたげに逡巡している。どうしたのかと思っていると、なにやら決心が着いたのかばっと顔を上げた。
「ううん、先生のおかげだよ!」
照れ臭そうに、しかし断固として彼は謝辞を述べた。講師にとってこれほど嬉しい言葉もない。不覚にも一瞬緩みそうになった涙腺と、半端ではない嬉しさと、この健気な生徒が可愛くて仕方ない気持ちを押さえ込もうと格闘して、ドイツは今日この授業の残りの時間はまだ沢山あるのだから、冷静に授業しなくてはいけない、と自身に言い聞かせていた。控室に戻ったら、いくらでも喜べばいい。
講師をやっていて良かった、とドイツは思った。
自分の担当する生徒とは可愛くて仕方がないものだ。イタリアは可愛い生徒である。