LOGOS
トントン、と刃に白い粉を軽く叩いて、ティミーは剣の手入れをする。
初めてこの剣を持った時の感触はきっといつまで経っても忘れられない。
剣が自分を呼んでくれたんだと思った。
自ら選び取ってくれたのだと。
見た目、少し太めだった柄はティミーの小さな手のひらに吸い付くようにその形を変えた。
持ちやすいように、振るいやすいように、殺しやすいように。
だからこの剣の主は、自分だ。間違い無く。
「なあ、ティミー」
パトリシアの少し前を歩いていた父がティミーを振り替える。
ちょっとした休息の時間だった。
パトリシアの白いたてがみを梳いていたティミーは父を見遣り、結果動かなくなった手に焦れた愛馬が鼻面をグイグイと押し付けた。
「はいはい。いい子だから大人しくしてな。で、何? 父さん」
ほとんど父に意識を向けながら、それでも右手は愛馬の頬の下あたりをおざなりに撫でていた。
「父さんな、ティミーがその剣を抜いた時、少し哀しかったよ」
「……どうして」
唐突に投げられた言葉は思い掛けないものだった。
父は喜んでいてくれているのだと思っていた。
祖父も勇者を探していたのだという。けれど志半ばに倒れ、その遺志を継いだ父にとって、自分という存在はさぞかし嬉しいものであろうと。今まで確認したことは一度たりと無いのだが、ティミーはそう確信していたのだ。
「ティミー。確かに父さんは勇者を探していたよ。必ず見つけられると思っていた。でも、それがお前であることが酷く辛いんだ。父さんの父さん……つまりお前のお祖父様の話を覚えているね」
それは何度も何度も聞いた。
幼少の頃、勇者を探す旅に同行していたこと。夜毎に洞穴の深くへ行く父の背中を見て、なぜ自分も連れて行ってくれないのかと不満に思っていたこと。遺跡での永遠の別れ。断末魔の声。
「確かに父さんはお前を見つけた。けれど、お前たちに辛い思いをさせたいんじゃ無い。お前とポピーが苦しむなら、世界なんてこのままでいいんだ。ずっと暗いままでいいとさえ思っているんだ。……父さんは弱いな」
自虐的な父の言葉に息が詰まる。うまく呼吸が出来ない。
「父さ……、」
これ以上父が自らを卑下するのを聞きたく無かった。けれど父の言葉は止まない。
「お前が天に選ばれたことが運命なら、なんと皮肉なことだろうな。苦しむのは父さんだけでよかったのに。……もう、終わりにしたかったのに。お前にもポピーにも、本当にすまないと思っている」
消え入りそうな声と項垂れた父の紫のバンダナを見て、ティミーは呼吸を深くする。
だいじょうぶ。父はここにいる。手を伸ばせば容易く触れるぐらいの距離にいる。
「僕は、いや、僕もポピーも。……僕たちは父さんの子供でよかったと思ってるよ。父さんの旅の役に立てて嬉しいんだ、本当に。僕たちは貴方の血を引いているからこそこんな運命を背負えたんだって思ってる」
今さら、神様なんて信じちゃいない。けれどこの運命を与えてくれたのが神と呼ばれる存在であるのなら。
ティミーはそれに祈りを捧げたいとすら思う。
願わくば、この純粋な魂たちに救済を。
「………ありがとう」
ふわりと笑った父の顔を、ティミーは死ぬまで忘れることは無いだろう。
こんなにも自分たちを慈しんでくれてくれている父に、どうすれば思いを返すことができるのか。
日が傾いた。少し離れた岩陰で涼んでいた妹たちもそろそろ帰ってくるだろう。合流すれば休息は終わりだ。
魔物を殺して、大切な何かを捨てて、それでもティミーたちは前に進む。
そうするしか無いのだと、背中の剣が告げていた。