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デルフィニウムの恋

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 まどろっこしいくらいに遠回りに遠回りを重ねた後、その先を許されても、不器用なやり方で誤魔化して絆した気になっては、腕の中にすっぽりと納まって静かな寝息を立てる帝人の様子を眺めるだけで静雄は充足していた。内心、傷つけずにすんだという安堵を含んでいるそれが臆病者の独り善がりだと分かっていても、及ぼうとする行為が相手の心と身体を傷つけてしまうようなものなら、ずっとこのスタンスを保っていく心算だった。仮にその所為で嫌われ遠ざけられることになっても、悔いなど残らないだろう。そういう独善的な自己完結は百も承知で、最初から漠然と気付いている、傷つける、という事項を何より懼(おそ)れていた。
 人は大量生産の消耗品のように、壊れたなら次だと乗り換えられる標識や自販機とは違う。傷ついたらその傷は癒えるかも知れないし、癒えないかも知れない。死に至るものも、間接的な死を招くものもある。人には余るばかりのやり場ない化け物じみた力は、紙を破くように容易く人を傷つけてしまう。
 ( 傷つけられても、傷にはしません )
 だから怜悧な目で真っ直ぐに云われても、いつまでも頷けなかった。
 今となっては莫迦で、臆病で、どうしようもなく弱虫だった愚者の淋しい言い訳だ。

 許されるまま腕で抱き寄せ、服を脱がせながら項に顔を埋ずめて組み敷いている体をぎこちなく開いていくと、すすり泣く様な呼気がシーツに吸われていった。手を止め、嫌かと聞けばすぐに帝人は首を横に振る。けれど寒いからというわけでもなく体は小さく震えていて、その手は固くシーツを握り締めていた。それでも帝人は、嫌じゃないと云う。
 静雄が聞くよりも先に、怖いわけでもないんです、と泣きそうな声があった。
 「全然、って云ったら嘘になるかも……です、けど そうじゃ、なくて」
 酩酊するような緊張と、くしゃくしゃに掻き乱される思考の中で、帝人は言葉を探す。
 恐らく自分より怖いと感じているのは彼の方で、その不安を植えつけているのは誰でもない自分で、だったらどうするべきなのかと慣れないまま手探りでいた。足りないものが見つからないくらい散らかっている二人の隙間を、少しでも埋めることができたらと急いていた。与えられるやさしさだけに満足し切れなかった賤しさは何度も羞じた。
 莫迦、みたいだ。
 整合しない頭の中に熱が差す。
 けれど背後に感じる気配が帝人の薄弱な意識を引き止めた。
 「前に云ったこと 、……憶えてます、か」
 うまく伝えられなかったことは多くて、忘れるほどで。
 お互い向き合ってこんなことができるほどの潔さや純粋さ、卑怯さだとかの持ち合わせがなかったから、自然と背を向けるかたちになって、今は辛うじていた。表情が逐一見えたら、きっともう何も云えない。伝えたいことも伝えられないまま、方向が分からなくなって撃沈するのが目に浮かぶ。
 いつもみたいに。
 満ち足りている筈の気持ちの真ん中に乾きを感じて終わってしまうだろうか。
 「怖いことがあるとしたら、それは痛みを伴う傷じゃなくて――…、」
 傷つけたくない。傷つけないように。
 静雄の態度に帝人はそんな声を何度も聞いた。最初こそ慮外で気のせいかと思ったことも、近付いて耳を澄ませば鮮明になった。絶対王者のような爪も牙も持ちながら、彼はそれを見せることすら嫌い続ける人で、一定の距離まで近付いたらそれ以上は踏み込むことができなくなった。
 ( 何しでかすかわかんねぇからよ、 )
 そう、見えないボーダーラインの前で掛かるストップの声。
 帝人の頬を大きい掌で恐る恐る包んで、静雄はいつも困ったように笑った。
 強さと、やさしさと、不器用さ。
 他人に付けた傷が、彼の傷になって残る。
 「静雄さんが気にしないくらい、僕が傷つかない人間になれたら、 ……でも、そうはなれなくて、……だから近付きたくてもそれ以上は近付け、な くて」
 帝人は口を噤んだ。云わなくて良い事しか出てこなかった。
 窺う様にシーツの上でじっとしていた手がシーツを握り締める手に被せられて、一回り小さい拳の力はその掌の下でゆるんでしまう。気遣いが分かって泣きたくなる。けれど完全に日本語が迷子になってしまった頭の中の整理はもう、出来そうになかった。少しだけ越えた線引きの先で、またループを繰り返すんだろうかと、情けなさに帝人は息を詰める。吸い込んだ空気の匂いが好きな人のものだと気付いて胸が苦しかった。
 ささやかなサインは、臆病者の不安を漱(すす)ぐ。
 静雄が吐息でふっと笑った。
 たった独り、喋り調子だった帝人は挙動不審に狼狽える。
 「な 、んか訳分かんない、ですよね……!」
 「ホント何のことだかさっぱりだ、俺頭悪いんだから簡潔に頼む、じゃねえと」
 「ちょっとだけ、待っ、」
 人ってやつも動物だから、大概、本能的に身を守ろうとするなら力が入るものだ。
 振り返ろうとした帝人の潤んだ眦を、静雄は嗾けて笑いながら親指の腹で軽く揶揄かうように擦った。涙なんか、久しく見ない。どんな涙も。泣いているんじゃないかとその声に思いはしたが、本当にそうとあっては毒気も早々に抜けてしまう。
 「でもまあ、嘘じゃねえんだなってのは分かった」
 びくついた帝人を気にかけながらも、静雄は肌蹴たシャツの下に手をくぐらせた。手とは対照的なほど素肌は冷えていたが、微かに汗ばんでいて少し留まれば体温が移動する。緊張は感じても、慥かな忌避は感じなかった。今までも本当は懼れるばかりで気付けなかった、そうだったんじゃないのか。
 怖がらせるのも、怖がられるのも。
 怖くて。
 「――… は、……」
 下腹部に手を差し入れれば帝人が緊張して肩甲骨を浮かせ、静雄は鼻先から擦り寄るようにして骨の上を舐める。擽られた様に背骨に近くなるたび肩を竦める様子に態と舌を這わせていると、小さく非難の声が上がった。擽ったいくらい笑いたくなる。それを堪えて触れた厚みの分かる帝人の白い背は、想像よりもずっと華奢で、幼かった。
 「静雄、さん」
 逡巡の中、そう呼んだら答えるように静雄が帝人の名を呼んだ。
 襟首付近がざわりとする感覚に帝人は驚いて息を呑む。静雄の熱い舌と息が背を辿る。ぞくりと震えてじりじりくる性感に、段々と衣擦れがもどかしくなってきて目を瞑る。
 「 、」
 「……ごめんな」
 ( ごめんな )
 帝人は急に脳裡で重なったその低い声に唇を噛んで思慕を呑み込んだ。明らかに過去のものとは違う声色がたまらなく恋しく、愛(かな)しくなって、すんと鼻を啜る。
 眠った振りに気が付かないくらい気を張っていた人の、決して耳にしてはいけなかっただろう懺悔みたいな謝罪の言葉。その理由を探らない大人にも、子供にも、帝人は結局なれなかった。目を閉じていても、人は泣ける生き物なんだと知って、見つからないことを何度も強く願っては静雄のことで眠れないまま朝の足音を聞いた。
 「もう、謝らねぇから」
 「… ……、はい」
 肘を掴まれて、ゆっくり起こされて、肚括れよと静雄に涙声を笑われる。
 正面向いた近い声に目を開けたら、笑えるくらいぼろっと大きな涙が落ちた。
作品名:デルフィニウムの恋 作家名:toro@ハチ