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山吹ぷりん
山吹ぷりん
novelistID. 12290
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ゆのっちのこころのたまご

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ある晴れた日の朝。ひだまり荘の201号室で、ちょっとした事件が起きていた。
「たっ、たまごって——!!?」
 普段なら出すこともない大声(といっても、普通の人のそれと比べればはるかに小さいのだが)を出してしまったのは、この部屋の住人であるゆの。今年高校へ進学した、小柄な女の子だ。
「いけない……! 宮ちゃんが起きちゃう」
 隣の部屋に住む友人のことを気にかけながらも、ベッドの上に突如として現れた「それ」を前に、冷静ではいられない。
(なんだろう、これ)
 今し方ゆのが寝ていたベッドの上には、たまごが一つ転がっていた。たまごといっても鶏のたまごのような料理の時によく見られるものとは違い、全体は赤色で、黒色の帯をまとったような模様をしている。そして、その帯にはピンク色のハートマークが描かれていた。
(私が産んだのかな……。ううん、そんなはず無い……たぶん)
 ゆのは、たまごに指を触れてみた。
「生暖かい……」
 何かが生まれるのかな、とゆのは思った。

「お、ゆのっちおはよー」
 朝食を済ませ、学校へ行く支度を終えたゆのが玄関の扉を開けると、ちょうど宮子も家を出たところだった。
「おはよう、宮ちゃん」
 二人は学校までの短い道を一緒に歩くことにした。
「そういえば、今朝ゆのっちの声が聞こえた気がするけど、なんかあった?」
 宮子が口を開く。
「あ、やっぱり聞こえちゃってた?」
 ゆのは、たまごのことを思い出す。
「何もないから大丈夫だよ。ごめんね」
 なんとなく、他の人に知られてはいけないような気がして、宮子には今朝の出来事は話さないでおくことにした。

 ゆのたちの今日最初の授業はデッサンだ。授業開始のチャイムが鳴った教室では、生徒達がイーゼルの前に座って授業が始まるのを待っていた。
 近くに座った者同士の私語で少しざわついた教室に、吉野屋先生が入ってきた。この授業の担当であり、ゆのたちの担任でもある。
 生徒達が注目する中で、先生が口を開いた。
「みなさん、おはようございます。それでは、デッサンの授業を始めますねー」
 と、ここまでは普通の授業風景なのだが、吉野屋先生の次の一言で、教室内の生徒は固まってしまった。
「突然ですが、今日はヌードデッサンをしますねー。誰かモデルをやってくれませんか?」
 とはいえ、教室が静寂に包まれたのはわずかな間だけ。担任教師のセクハラ的な(?)発言にも、生徒達は慣れつつあった。
 ゆのもそのうちの一人。一瞬どきっとしたが、やがていつもの冗談だと気がついてほっとした。ちなみに、吉野屋先生はいつも本気なのだが。
(もしかして、ここで手を挙げて、私がやりますなんて言ったら、クラスの人気者になれたりするのかな)
 ゆのは、そんな柄にもないことを考えて、笑ってしまう。
 その時——。ゆのの制服の右ポケットに入っていたたまごが動いた。
「キャラチェンジ!」
 ゆのの頭についている二つのバッテンが、ハートの形に変化する。
 そして、ゆのは右手を真っ直ぐに挙げてこう言った。
「ハイッ! 私がモデルをやります!」
 クラス中が再び静まりかえる。
「えっ、今、体が勝手に……」
 我に返ったゆのは、先ほど自分の口から出た言葉に驚きを隠せない。普段の自分なら、絶対にこんなことは言わないだろう。
 誰一人として言葉を発しない教室に、やがて静かな泣き声が聞こえてきた。
 泣いていたのは吉野屋先生だった。
「……めそめそ。……ゆのさん、私よりも先に裸になるなんて……私よりも先にヌードモデルなんて許しません……!」
 半泣きで抗議する先生に対し、ゆのを除くクラス全員が、「自分が募集したくせに……」と心の中でツッコミを入れていた。

「……という出来事がありまして」
と、宮子。
 一日の授業も終わって、そろそろ日が落ちる時間帯のひだまり荘。住人である4人は、ヒロの部屋に集まっていた。テーブルには、紅茶とスコーンが並べられている。
 今朝のゆのによる大胆発言を、宮子がヒロと沙英に報告していた。
 それを聞いたヒロと沙英は大爆笑である。
 ゆのは顔を真っ赤にして、今にも泣きそうだ。
「いやー、朝からクラス中大混乱だったよー。あの後、ゆのっちは教室を飛び出してっちゃったし」
 宮子の発言で、ゆのは「うう……」とうつむいてしまった。ただでさえ小さいゆのの体が、ますます小さく見える。
「それにしても、どうしてモデルをやるなんて言い出したの? ゆのさん」
 ヒロがゆのに問う。
「普段のゆのからは全然想像できないなあ」
 沙英も興味津々だ。

 例の大胆発言の後、まだ授業中であるにも関わらず、ゆのは教室を飛び出していた。
「ゆのっち、どこ行くのー?」
 宮子が呼び止めるのを背に、ゆのが駆け込んだ先は女子トイレだった。
「もう、なんなの今の!? 恥ずかしいよぅ……」
 両手で顔を隠すゆの。
「頭の中で声が……私の声じゃないけど私の声みたいな……」
 ふと、ゆのはたまごのことを思い出した。
 そっと、ポケットからたまごを取り出す。すると、ゆのの手のひらの上でたまごにひびが入った。
「えっ!?」
 次第にそのひびが大きくなっていき、やがてたまごを一周した。
 そして、「ぽんっ」という小気味良い音と共にたまごが割れ、中から人形のような小さな女の子が出てきたのだ。
「ええっ——!?」
 その人形のような女の子は、ふわふわと宙に浮いている。そして次の瞬間、目をぱっちりと開いた。
「あなたは……?」
 ゆのが問いかけると、たまごから生まれた女の子は、明るい声で答えた。
「あたしはラン! ゆのちゃんのしゅごキャラだよ!」
「しゅご……キャラ……?」

 そんな出来事を思い出しつつ、ゆのはテーブルの上のスコーンに手を伸ばそうとしているランに目をやった。
「みんなこの子のせいだよぉ……」
 ゆのはため息をつきつつ、うなだれた。
「ん、この子って?」
と、沙英。
「えっとですね……」
 ゆのは、今日の事件の原因がランのせいで起きたことを説明しようとして気がついた。
(そっか、みんなからはランが見えないんだ……)
 しゅごキャラであるランは、しゅごキャラを持っている者にしかその姿を見ることができないのだ。
 皆から見えないのをいいことにランはスコーンを食べ尽くしていた。
「ゆのちゃん、このスコーンとってもおいしい!」
 ゆのは苦笑いだ。
 ややあって、テーブルのスコーンが無くなっていることにヒロが気づいた。
「あら、もう無くなっちゃった?」
「宮子ー、アンタ食べ過ぎ」
 沙英からの濡れ衣を、宮子が否定する。
「いやいや、今日は私のせいでは無いでござるよー」
「ふふふ」
 最初に笑ったのはヒロ。
 その笑いは、沙英と宮子にも感染し、うつむいていたゆのもいつしか笑顔になっていた。
 ひだまり荘は、4人と1人(?)の笑い声で満ちていた。

 その日の夜。
 ゆのはお風呂につかりながら、今日の出来事を思い出していた。
「しゅごキャラか……」
 ランは、ゆのの「なりたい自分」だと言っていた。ちがうキャラに変わりたいという気持ちから生まれたのだと。
「今日は散々だったけど、……ランといると楽しそう……かも」