ふくざつにしないで!
おきて、と、声がする。表にゆっくりと浮かんでいくような浮遊感すら感じさせる目覚め方に、帝人はゆっくりと眉をしかめて薄眼を開けて 閉じた。
(何か いた)
お世辞にも 広い であるとか 綺麗 であるとか そういった言葉で形容はできない、安さが第一の魅力である現住居のアパート、帝人はそこですやすやと眠りについていたはずだと寝る直前の記憶を掘り返しながら瞼は閉じたまま、安穏と眠りについていた脳を無理やり引っぱたいて稼働させ始める。次の日が休みだからと遅くまでチャットにふけり、布団をずるずると引いて眠ったのは午前三時を回ったところだっただろうか。痙攣し始めた瞼を慮り、チャットの仲間に就寝を告げて入った布団の中での記憶はそう長くはない。学校での疲れもたまっていたのだろうか、途中で目を覚ましたという覚えもない。つまり、何物かを自分から招き入れたという可能性は消えた。
(・・・夢かな?)
目に飛び込んできた人物たちはどちらも大層見目麗しかった。もしかしたら帝人の脳内は都合よく夢の中で夢をみせているのかもしれない。しかし健全な男子高校生を名乗っている帝人としては、脳内には性別のあたりをもう少し工夫してもらいたかった、と苦情を付けざるを得ない。夢なら覚めろ、と頭で念じ始めた帝人は、もう一度降ってきた起床を促す言葉を受け流すことに決めた。
「兄さん、起きない」
「学生ってのはそんなに疲れるもんだったっけか」
覚えてねぇな。低く茹だるような声と、肯定の発言を零した甘やかで淡々とした声が聞こえる。夢の精巧さに帝人は耳鳴りを感じて瞼をきつく閉じた。聞き覚えがある。ありすぎる。帝人の混乱を無視して人物たちは暫く無言を貫いた。
「どうするか 」
「とりあえず、起きたらお昼だね」
美味しいイタリアンの店見つけたから。淡々とした声にぶっきらぼうな相槌を返した声は、夢と違い熱を孕んでいた。帝人はそこで逃避を諦め、そっと目を開いて平和島静雄と平和島幽の兄弟が自分を見下ろしていることに閉口する。静雄は帝人が目を覚ましたことに気付き、サングラスの奥の瞳を柔らかく歪めた。
「竜ヶ峰、起きぬけで悪いんだがよ ドア壊しちまったんだ」
「・・・あ、はい。風が入ってきてるなって思ったんで はい」
気にしないでください。帝人は力なく笑いながら、生々しく木片が散らばっている玄関跡地を見つめた。僕今日からプライバシーの侵害とかそういうの無くなるんだ。諦めが漂いかけた帝人へ、幽が無表情に声をかける。
「心配しないで。業者には頼んでおいたから、今日の夕方には直ってるよ。その間は貴重品だけ持って、外にいたらいい」
お昼御飯はイタリアンでいいかな。首をかしげる幽と、ドアを壊したと言いながらも本質的に申し訳ないと思っている様子のない静雄へ、帝人は数回瞬きを行い やがて重く溜め息をついた。
「誘い文句にしては乱暴すぎはしませんか」
帝人の呟きに、静雄と幽は同時に目を細め さあ と異口同音に返事を返した。
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(ドアを壊した詫びにはならねぇがよ)
(今日は一日 俺たちにつきあってもらいたいんだ)
(・・・初めからそういってくださいよ)
作品名:ふくざつにしないで! 作家名:宮崎千尋