遊十小説その3
俺が心の底からの思いを告げると、突然のことに十代さんは驚いた顔をした。でもすぐに苦笑を返し、愛らしくはにかみ目を伏せ、そして、
――少しだけ辛そうな顔をする。
そして決まって、
「…オレも遊星のこと大好きだぜ!」
先程の辛そうな顔を消し去り、にっこり笑顔で好意を告げてきた。
――俺はそれに満足しなくてはいけない。なのに、何かが違うと己の内で告げるのだ。
彼と自分との間に確かな隔たりがあるのだと。
俺は気持ちに嘘を言っていない。偽らざる本音である。
この人のためなら自分の身を投げ出してもいいと思えるくらいだ。俺という存在を対価にこの人が手に入ると思うと安いとさえ思う。
「コラ、自分の身を粗末に扱うな」
以前何かの拍子で本音を洩らしてしまうと、十代さんは困った顔で言った。
お前を犠牲にしてまでオレは大した奴じゃないんだぜ…?やんわりと告げる彼は大人で。外見では自分より幼く見えるのに、こういう時はやはり長く生きて経験を積んでいるのだと思い知る。
俺と彼が同じ想いを抱いていることはわかっている。自惚れではない。事実だ、と胸を張って言えるぐらいには十代さんから様々なものを貰っている。
だけど、
――何故、貴方は痛みをはらんだ瞳を伏せるんですか…?
目の前の事実が苦しくて、どうしようもない焦燥感が生まれる。グッと奥歯を噛み締めこらえてきたことが溢れ出しそうになる。衝動が自身を突き動かす。
問いかけようとすると、いつの間に十代さんは俺の懐近くまでいて、細くしなやかな腕が後頭部に回され引き寄せられる。
「じゅ…っ!」
彼の不意打ちに目を回しそうになる。
言葉を発する前に辿りつくのは距離がなくなった
唇に温かく柔らかい感触が。
突然のことに面食らうが、すぐに温かさは離れていった。惜しいと思うのは俺の彼に対する
呆然とする俺に、
「遊星…、オレを信じて。――オレは本当にお前のこと好きなんだ」
十代さんは真剣な表情で伝えてきた。
「嘘なんかじゃ、ないんだ…」
力なく呟き、項垂れる彼にハッとした。
――ああ、俺はなんてことをしてしまったのだろう。
切なげに寄せる眉根が彼の心に深い傷痕があることを知る。
十代さんはなにかを恐れている。その『なにか』は俺にわからない。十代さんを苛み続ける深い傷痕。その正体はわからない。ただ、俺の知らない彼の過去に『なにか』があったと雄弁に伝えてきて…。
俺までこの人を追い詰めてどうするんだ…!
狭量な自分に次第に腹がたつ。
そんな己の思考を振り払うようにそっと十代さんを抱き寄せた。すぐに収まる華奢な身体。
「…すいません、十代さん」
「遊星…?」
「決して貴方を疑ったわけではないんです。こうやって追い詰めることだってしたくなかった。…でも」
想いが迸りすぎて、つい口から洩れ出たんです。
そう、俺はこの人を愛している。ずっと心の中を侵食している酷く甘やかで時に身を焼き尽くしそうになるこの想い。
通じ合えた喜びはあった。それで幸せだと思っていたのに。人間の欲は果てがない。それは俺自身にも当て嵌まったようだ。貪欲に求めようとする醜態さに自分でも呆れてしまう。
「ゆせ…、遊星」
身じろぎ俺の頬へと手を伸ばす十代さん。そして、
「――ありがとう、遊星」
紅茶色の瞳が優しく甘く細められる。
心からの感謝の言葉。シンプルなそれは、逆に俺の胸に強く響いていって…。なんだか無性に泣きたくなった。だがそんなみっともないこと晒すわけにはいかなくて…、触れることを赦してくれる彼の身体を我武者羅に抱きしめた。力加減なんて関係なく。苦しいだけだろうに、十代さんは拒むことはしなかった。
このぬくもりが彼の全てを癒し、伝えてくれればいいのに…。そんな途方もない願いを抱いた自分を嘲笑いながら。