両断
誰も居なくなったグラウンドの片隅。
キーパー用の練習装置の前、青白い光が薄くその人を照らす。
あれは先日キャプテンが引き抜いてきたナイツオブクィーンの……エッジ・リッパー、といったか。
あの人は確かディフェンダーのはず。こんな時間にキーパー用の機械で何をやっているんだろうか。
そう思ってみても、明らかに気軽に声を掛けられる雰囲気ではない。
……まあ、誰がどんな特訓をしようが自由だ。忘れ物はもう回収したし、さっさと帰ろう。
そこまで思い至った次の瞬間。ガコンッと機械の動く音。
常に自分も使っている物だから音だけでその強さは最大の設定だと分かる。
キーパー以外が受け止められる強さとは到底思えない。大丈夫だろうかと反射的に振り替えれば、暗闇の中にぎらぎら光る飢えたその眼球と視線がばちりと合致した。
だがそれも一瞬。次の瞬間には相手の目は迫りくるボールを完全に捕らえ……
『キラーブレード』
確かに、そう唇が動いた。
両断
なんて美しい。
極限まで研ぎ澄まされた鋭利な切先。
自分がひたすらに求めていたのは、間違い無く目の前にあるそれだった。
キラーブレードという技の完成系。
先程のあれに比べれば、オレのはとんだ鈍らだ。
何故この人がディフェンダーなのか、全く理解できない程の、
「ジューゾー、だったか」
ぱっくりと二つに割れたボールを拾い集め、彼はオレの名前を呼んだ。
ボール片手に手招きするエッジの瞳には既にあのぎらぎらとした光は消えていて、一瞬迷った末結局オレはグラウンドに足を踏み入れる。
近くに来れば分かる。ひょろりとした長身に長い手足。細身だがしっかりと筋肉が付いていて、しなやかだ。
黒いエナメルが塗られた長い爪が先程のキラーブレードを再び思い起こさせる。
無表情に近いエッジは低い位置にあるオレを見下して、言葉を発する。
「ジューゾーは、我のキラーブレードをどう思う」
「……パーフェクト」
そう答えるしかない。
俺にはまだ到底届かない極地。
痛感する、プレイヤーとしてのレベルの差。
ふつふつと立ち上る悔しさに拳をぎゅうと握り締める。
「当然だ」
エッジはオレの答えにしれっとそう言ってのけた。
ああ、あれだけ完璧なものを見せつけられたらぐうの音も出ない。
それでも、その人の神経を逆撫でするような言い方は、
「我はこれしか出来ないからな。キーパーとしてはお前よりも圧倒的に格下だ」
「……ワッツ?」
上から降って来た声に耳を疑う。
ワンモア、プリーズ。
そう言うとエッジは今までのポーカーフェイスが嘘のようにぶはっと吹き出した。
「何だその気の抜けた声は。当然だろう、我はディフェンダーだぞ」
「は、はあ!?でもさっきのはッ……!!」
「我は確かにキーパー志望だったが、英国にはフレディと、ギャレスがいたからな……それに、やってみればディフェンダーというポジションも中々に面白い。我はもうキーパーとしてこれ以外の技を習得する気も無いのだ」
「じゃあ、なんで特訓を……」
「折角此処まで磨き上げたのだ。定期的に砥がなければ錆び付いてしまうだろう。使わないとは言えどな……ジューゾーは惜しいと思わないか」
片手に出したキラーブレードを撫でながら、遠い目をするエッジに嫉妬と羨望と憧れの心が綯い交ぜになる。
使われないのが惜しいと言ったか。それならば、
「なあ、エッジ!オレに教えてくれないか!!」
「……教える?このキラーブレードをか?それなら既にお前は、」
「違う!全然違うんだ!!分かるだろう?特訓してくれ!オレも、そのクールなキラーブレードを出せるようになりたいんだ!頼む!!」
下げた頭の上に流れる僅かな沈黙。
エッジがざっと土を蹴って、よし、と強く声を出した。
勢い良く顔を上げると不敵な笑みを浮かべたエッジが眼前スレスレにキラーブレードを突き付けられる。
思わず仰け反ってしまったところに、こつんと額を峰で叩かれた。
「言っておくが、我の特訓はスパルタだからな。覚悟しておけよ」
痛い。叩かれた部分を覆った手の上にキラーブレードを出していない左手を重ねられて、エッジはサディスティックな笑顔でそう言い放つ。
ぞくりと肌が粟立つ感覚に耐えて、俺は力強く頷いた。