傘の分だけ
いや実際はそんなに経ってないのだろうが、一日中続く雨は体感時間を長くさせているのだ。
来週には本格的に梅雨明けで今週の雨続きは最後の悪あがきだそうだ。
そんな気象予報士の言葉が本当であるよう切に願いながら、俺はここ数日乾き知らずの傘を広げた。
ずぶ濡れ傘のひしめき合う傘立てにギュウギュウ詰めじゃ、乾くどころか水滴すら切れてない。
広げた拍子に水滴がこぼれ、外に出る前から濡れることにうんざりせざるをえない。
「雨も続きすぎるとうんざりしますねぇ」
傘を広げつつも庇の下から空を眺めれば、隣りの古泉が俺の内心と同じ事を言った。
お互い傘を開いているせいで、いつものような近すぎる距離感はない。
雨で湿気がひどく、べたついてしょうがないのでこの離れ具合はちょうどいい。
ぜひとも夏本番になってからもこの距離でいたいものだ。
蒸し暑い中、これまでの調子で張り付かれたら暑苦しくてかなわん。
「それに、涼宮さんたちが出て行った頃よりひどくなっていますしね」
「まったく、依頼人が来るかもしれないから留守番してろとは横暴もいいとこだぜ。案の定誰も来なかったしな」
まったく、古泉とゲームなんぞせずに早く帰るべきだったかね。
ただ、濡れるのはうんざりでも明日にジュース一本くるのなら、残ったのもムダではないだろう。
そうでも思わないとやってられん。
「またこれ以上ひどくなる前に出ますか」
「だな」
ちょっと待ってる間におさまらないかとも思ったが、変わらず降り続けるこの様子じゃ弱まるどころか却って強くなりかねない。
俺と古泉はようやく庇の下から雨の降り注ぐ中へと出た。
「まったく、雨が降らないのも困りものだがこうもまとめて降らんでもいいよな」
「そうですね、おかげでここ最近傘が手放せませんよ」
「傘差して歩くのも面倒だしな」
傘を差して歩くとなると鞄を持つ手に加えて更にもう片手も塞がるので、不便でならない。
それは古泉も同様だが、コイツの場合、普段の煩い位の身振り手振りがなりを潜めるので俺にとっては丁度いいぐらいかもしれない。
「そうですね・・・それに傘をさしていると・・・」
「ん？」
「いえ、腕疲れますよね」
不自然に途切れた古泉のセリフ。
何か言いかけて結局違う事を言ったのだということは明らかだ。
なんだなんだ、気にするほどの事ではないのかもしれないが分かりやすすぎて逆に気になるだろうが。
「えっと、大したことではなくて・・・」
「じゃあ最初から言えよな。わざわざ言いなおすのが妙に引っかかる」
「すみません、よくよく考えたらちょっと恥ずかしいなぁ、と・・・」
「じゃあ言え。恥ずかしがるお前とか貴重すぎる」
「ひどいですね」
「で？」
呆れ顔の古泉を見返しながら尋ね返せば、視線をわずかに泳がせながらぼそりと、雨音にギリギリ消されないぐらいの大きさで言った。
「傘さしているとその分、貴方が遠いな、と・・・」
・・・・・・古泉、それはお前が恥ずかしいんじゃなくて『俺が』恥ずかしいぞ。
くそっ、俺はこの離れ具合がちょうどいいと思ったばかりなんだぞ。
そういうことをだな、ちょっと照れながら言うんじゃない。
かわいいとか思わないからな！！
「すみません、聞かなかったことに・・・えっ」
なんで俺はこの雨の中傘を畳んでいるんだ。
で、なんで古泉の傘に無理矢理入り込んでいるんだ。
「な、なにしてるんですか・・・」
「俺の傘はたった今骨が折れた。とてもじゃないがこの豪雨の中させるような状態じゃないんだ」
「で、僕の傘に、ですか・・・」
「さっき遠いの云々言ってたんだから文句言わせねーぞ」
「え、と、あの・・・あ、ありがとうございます」
コイツがあんなこというからつい、だな、くそっ！
「はやく、雨止むといいですね」
「・・・・・・こっちのほうが近い気はするがな」
あーもう、なんで俺はまだ雨降ってろとか思うんだろうな！
end