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縋るように向けた視線の向こうで、兄と呼んで慕ったその人は穏やかな顔をしていた。
「……俺が召喚士だからだよ」
いつもの落ち着いた優しい声。
眠れないと泣く自分を抱いてあやしてくれたときみたいだ。
どうして。
どうしてそんな風に。
「魔法が使えるってだけじゃないか!それだったらキクだって…あの兄弟だって!」
「俺じゃなきゃ、だめなんだ」
告げる声は決意に満ちていた。
揺らがないと。つきつけるようにそれはただどこまでもまっすぐに。
優しい光に満ちる碧の目はやはり美しくて。
「キクでも、フェリシアーノでも、ロヴィーノでもない。俺のこの力だけが、世界を救える」
「何でだよ!君の命だって救われるべき対象じゃないか!」
「それは違う、アル。俺1人の命で、何十億もの命が明日を迎えられるんだ。分かるだろう?理はいつだって大きな方に動く」
違うよ。
違う。
それは違うよアーサー。
「それに、召喚士になるって決めた瞬間から決まってたことだ」
「…ならどうして君は…!」
「あの兄弟もそれを分かってて運命を受け入れてる。でもそれが俺だったってだけだ。何も変わらない」
「…俺は!俺は…君を死なせる旅にするつもりなんかなかった!君を守るためについてきたのに!」
「分かってる。それには感謝してるよ…ありがとな」
行かないでくれと泣いてすがって子供のように泣きじゃくれば、行かないというだろうか。
いや、きっと言わない。
この人はもう決めてしまっている。
分かっているのに、止められない。
何が英雄になれるかもしれない、だ。
馬鹿だ。
本当に、どうしようもない馬鹿だ。
そんな自分が憎くて恥ずかしくて…悔しくてたまらない。
目の前のたった1人の大切な人を守ることもできないのになにが英雄だ。
馬鹿馬鹿しくて笑えもしない!
「…泣くなよ、アル。だからお前には内緒にしてたのに」
「誰か1人を犠牲にしてできる平和なんていらないよ。…お願いだよアーサー…」
「…そうやって惜しんでくれると分かってるから、お前に言いたくなかったんだ」
だから泣くな。
そう言って抱きしめてくれるぬくもりが、この旅の終わりに消えてしまうなんて考えたくもない。
どうしたら、いい。
神様なんて、いない。