Saint Valentine Day in 2008
「コンラッドなんて大っ嫌いだ!別れてやる!」
ごめんなさい、嫌いなんて嘘です。本当は大好きです。別れたくだってないんだ。
こんな時素直になれない自分がどうしようもなく嫌いだよ。
二月の頭に始まった喧嘩はすぐに終わるであろうといった有利の思惑も外れて、ずるずると延びに延びて今日、世は年明け最大の恋愛行事であるSaint Valentineであるというのに、二月十四日の今現在もなお継続中だ。
「嫌いなんて嘘だよ。」
独りごちてもそれを言うべき相手は此処には居ないのだ。
喧嘩をして三日間は顔を合わせても最低限しか話さずにいた。
そして、その後にすぐに大きな取引の契約が控えているらしく、コンラッドは大規模契約を控え、半ば会社への泊り込みの仕事と、その後直ぐに取引先本社のある大阪への出張とが重なりすれ違ってばかりで、
二月に入ってからはろくに互いの声を聞く機会もないのだ。
「うぅー。」
平日の昼間の見る番組はワイドショーくらい。
そして、今日はバレンタイン。否が応にも画面に映すのは互いに寄り添うように歩く幸せそうなカップルばかり。
あいにく有利は傷心の心に塩を塗る趣味なんて持ち合わせてなんていない。
TVを消すとする事も無く、ソファーの上のクッションにバフンッと突っ伏すと香る何時の間にか染み付いた彼のニオイは切ない心をより切なくさせる。
バレンタインに何故自分はこんな風に家で呆けているのだろうか。
酷い事を言ってしまったのは自分だ、これはその報いを今受けているという事なのだろうか。
退屈な時間と人恋しい気持ちを紛らわしてくれるであろう学校は、インフルエンザで学級閉鎖所では無く、学校閉鎖に陥いる程の猛威を振るっている。
相談に乗ってもらおうと思っていた村田も、予防接種の無いノロウイルスでダウン。相談相手もいない。スポーツをしていれば嫌な事も忘れていられると、
大好きな野球に勤しもうにも学級閉鎖は建前では家庭学習をしていろというのが本分なのだ。外で草野球をしているのは流石に拙かろう、補導の対象にもなりそうだ。
「謝れば良かったのかな?」
エアコンの風に頬を撫でられながら彼が出張に出てしまってから何度目かの弱音を洩らす。
今となっては喧嘩の原因が何だったのかも覚えていない。忘れてしまう程だ、きっと些細な事だったのだろう。
でもコンラッドが怒った一番の原因は直ぐにわかる。
“別れてやる!”
思わずポロリと出てしまったその一言、深い意味を込めたつもりも本気だってさらさら無かった筈だ。
その言葉を聞いた後のコンラッドは一度目を大きく瞠った後無言で私室に篭ってしまったのだった。
当然にコンラッドの妥協収まるのが習慣となっていた喧嘩は有利が謝る事がなければ収まるはずも無い。
謝る機会を逃して此処までずるずると来てしまいそして今に至るのだった。
「何か寂しいじゃんか。」
百パーセント自分が悪いのは分かっている。後悔してるよ本当に。
一人で後悔していても伝えるべき相手は今ここにはいない。
「ハアァァ・・・あァ?」
本日何度目かの大きな溜息と同時になったのは電話のコール音。
こんな時間帯にかかってくるのはセールス位で大した電話では無いのだろうと検討はつけているが一応出ておく。
「はい。」
若干だるそうに電話口に出たせいか相手は少し口籠る。
「・・・ユーちゃん今から家にいらっしゃい。」
お袋の呼び出しはいつも突然だ。そして何故携帯にかけないのだろう?
☆ ☆ ☆
「ユーちゃん!チョコ作るの手伝って!」
用事はそれか。
久し振りの実家への帰省にもかかわらず第一声はお帰りなさいではない。
母親からの電話は余り大した用事でない事の方が多いが、今回はその対したことの無い用事に救われた気もするが。
防寒具をリビングのソファーに置き台所に向かえば、待ってましたという様にあれやこれやと次々に出るお袋の指示。
食べるのは親父なのだからそう自分が頑張る必要もないだろうが、手を抜いたらお袋に怒られるだろう。
『料理は心よ!』
と。
言われたとおりに板チョコを湯煎して溶かしていると、その混ぜる際のチョコレートの重みとカカオの香りが
寂しかった気持ちをほんのちょっと癒してくれる。
「良い?ユーちゃん、仲直りはたった六文字で出来るものよ。」
はっとした。
「え・・・?」
コンラッドと喧嘩した事を話しただろうか、それとも他の人の目からみても分かるほどに落ち込んでいたのだろうか。
「ママは何でもお見通しです。」
小さな頃からの決まり文句。
怒られるような事をしてして何かを隠していても、友達と喧嘩してること隠していてもこの母親には隠し通せた例が無いのだ。
「仲直りするのなんて簡単なのよ。“ごめんなさい”の六文字で十分。」
続く言葉は知っている。
─大事なのはそれを伝える勇気よ。
「うん、分かってる。」
「そうね、ならもう一つママからの有り難い教えを一つ。
“料理は愛情、大好き”という気持ちを込めれば何倍でも美味しくなるのよ。
それに好きな人と一緒に食べるご飯は一番美味しいの。」
京懐石にだって負けないんだから!ビシッと人差し指を立てて力説される。
「うん。」
身に沁みてそれも知っているのだ。
同棲し始めた当初自分の下手くそな料理を美味しいですよと言ってくれたコンラッド、
嘘だーと言いながら食べた自分でも思いの外の美味しさに驚いたっけ。
「ありがと、お袋。」
不覚にも涙が出そうになってしまったのは誰にも内緒の話だ。
十分に溶かしたチョコレートをトレイの上のハートの型に流し込み、冷蔵庫に入れる頃には時計の針は午後五時を指している。
後でデコレーションするのよと言いながら仕舞うとパタパタとお袋は隣室へと消えて行った。
もう小一時間もすれば親父も兄貴も帰ってくる頃か。久し振りの家族団欒・・・とぼんやりと考えていた有利だが、
母親はそう一筋縄に行く筈も無く、
「はい、ユーちゃん。」
渡されたのはもうラッピング済みの箱と諭吉さんが鎮座していらっしゃるお札が一枚。
「え?」
「行ってらっしゃい!大阪に。」
「え・・・、今から?」
謝るのはコンラッドの帰ってくる明後日に直接言うと話した筈なのだがなぜこんな展開になっているのだろう。
「思い立ったが吉日よ!」
俺の意思は!?思い立ったのはお袋であって俺じゃない筈!・・・と目をキラキラさせた状態の時の母親に進言できる猛者は居るはずも無く。
俺、今新幹線の中に居ます。
いよいよ着いてしまった食い倒れの待ち大阪。Oh、さっかーなどと面白くも何とも無いギャグを(コンラッドなら笑いの沸点が低いから笑ってくれるかもしれないが)
笑いの街で言って見ても虚しくなるだけだ。
邪魔にならないようにホームの端に寄ると、ずっと“押せずにいた”携帯のスイッチを思い切って押してみる。
コール音はプルル、プルル、プルルと三回。電話の相手は、
「もしもしコンラッド?」
言いたい事は2つ。
“ごめんなさい”の言葉と“愛してる”の六文字と五文字の二つ。
─仲直りに大切なのは伝える勇気─。
ごめんなさい、嫌いなんて嘘です。本当は大好きです。別れたくだってないんだ。
こんな時素直になれない自分がどうしようもなく嫌いだよ。
二月の頭に始まった喧嘩はすぐに終わるであろうといった有利の思惑も外れて、ずるずると延びに延びて今日、世は年明け最大の恋愛行事であるSaint Valentineであるというのに、二月十四日の今現在もなお継続中だ。
「嫌いなんて嘘だよ。」
独りごちてもそれを言うべき相手は此処には居ないのだ。
喧嘩をして三日間は顔を合わせても最低限しか話さずにいた。
そして、その後にすぐに大きな取引の契約が控えているらしく、コンラッドは大規模契約を控え、半ば会社への泊り込みの仕事と、その後直ぐに取引先本社のある大阪への出張とが重なりすれ違ってばかりで、
二月に入ってからはろくに互いの声を聞く機会もないのだ。
「うぅー。」
平日の昼間の見る番組はワイドショーくらい。
そして、今日はバレンタイン。否が応にも画面に映すのは互いに寄り添うように歩く幸せそうなカップルばかり。
あいにく有利は傷心の心に塩を塗る趣味なんて持ち合わせてなんていない。
TVを消すとする事も無く、ソファーの上のクッションにバフンッと突っ伏すと香る何時の間にか染み付いた彼のニオイは切ない心をより切なくさせる。
バレンタインに何故自分はこんな風に家で呆けているのだろうか。
酷い事を言ってしまったのは自分だ、これはその報いを今受けているという事なのだろうか。
退屈な時間と人恋しい気持ちを紛らわしてくれるであろう学校は、インフルエンザで学級閉鎖所では無く、学校閉鎖に陥いる程の猛威を振るっている。
相談に乗ってもらおうと思っていた村田も、予防接種の無いノロウイルスでダウン。相談相手もいない。スポーツをしていれば嫌な事も忘れていられると、
大好きな野球に勤しもうにも学級閉鎖は建前では家庭学習をしていろというのが本分なのだ。外で草野球をしているのは流石に拙かろう、補導の対象にもなりそうだ。
「謝れば良かったのかな?」
エアコンの風に頬を撫でられながら彼が出張に出てしまってから何度目かの弱音を洩らす。
今となっては喧嘩の原因が何だったのかも覚えていない。忘れてしまう程だ、きっと些細な事だったのだろう。
でもコンラッドが怒った一番の原因は直ぐにわかる。
“別れてやる!”
思わずポロリと出てしまったその一言、深い意味を込めたつもりも本気だってさらさら無かった筈だ。
その言葉を聞いた後のコンラッドは一度目を大きく瞠った後無言で私室に篭ってしまったのだった。
当然にコンラッドの妥協収まるのが習慣となっていた喧嘩は有利が謝る事がなければ収まるはずも無い。
謝る機会を逃して此処までずるずると来てしまいそして今に至るのだった。
「何か寂しいじゃんか。」
百パーセント自分が悪いのは分かっている。後悔してるよ本当に。
一人で後悔していても伝えるべき相手は今ここにはいない。
「ハアァァ・・・あァ?」
本日何度目かの大きな溜息と同時になったのは電話のコール音。
こんな時間帯にかかってくるのはセールス位で大した電話では無いのだろうと検討はつけているが一応出ておく。
「はい。」
若干だるそうに電話口に出たせいか相手は少し口籠る。
「・・・ユーちゃん今から家にいらっしゃい。」
お袋の呼び出しはいつも突然だ。そして何故携帯にかけないのだろう?
☆ ☆ ☆
「ユーちゃん!チョコ作るの手伝って!」
用事はそれか。
久し振りの実家への帰省にもかかわらず第一声はお帰りなさいではない。
母親からの電話は余り大した用事でない事の方が多いが、今回はその対したことの無い用事に救われた気もするが。
防寒具をリビングのソファーに置き台所に向かえば、待ってましたという様にあれやこれやと次々に出るお袋の指示。
食べるのは親父なのだからそう自分が頑張る必要もないだろうが、手を抜いたらお袋に怒られるだろう。
『料理は心よ!』
と。
言われたとおりに板チョコを湯煎して溶かしていると、その混ぜる際のチョコレートの重みとカカオの香りが
寂しかった気持ちをほんのちょっと癒してくれる。
「良い?ユーちゃん、仲直りはたった六文字で出来るものよ。」
はっとした。
「え・・・?」
コンラッドと喧嘩した事を話しただろうか、それとも他の人の目からみても分かるほどに落ち込んでいたのだろうか。
「ママは何でもお見通しです。」
小さな頃からの決まり文句。
怒られるような事をしてして何かを隠していても、友達と喧嘩してること隠していてもこの母親には隠し通せた例が無いのだ。
「仲直りするのなんて簡単なのよ。“ごめんなさい”の六文字で十分。」
続く言葉は知っている。
─大事なのはそれを伝える勇気よ。
「うん、分かってる。」
「そうね、ならもう一つママからの有り難い教えを一つ。
“料理は愛情、大好き”という気持ちを込めれば何倍でも美味しくなるのよ。
それに好きな人と一緒に食べるご飯は一番美味しいの。」
京懐石にだって負けないんだから!ビシッと人差し指を立てて力説される。
「うん。」
身に沁みてそれも知っているのだ。
同棲し始めた当初自分の下手くそな料理を美味しいですよと言ってくれたコンラッド、
嘘だーと言いながら食べた自分でも思いの外の美味しさに驚いたっけ。
「ありがと、お袋。」
不覚にも涙が出そうになってしまったのは誰にも内緒の話だ。
十分に溶かしたチョコレートをトレイの上のハートの型に流し込み、冷蔵庫に入れる頃には時計の針は午後五時を指している。
後でデコレーションするのよと言いながら仕舞うとパタパタとお袋は隣室へと消えて行った。
もう小一時間もすれば親父も兄貴も帰ってくる頃か。久し振りの家族団欒・・・とぼんやりと考えていた有利だが、
母親はそう一筋縄に行く筈も無く、
「はい、ユーちゃん。」
渡されたのはもうラッピング済みの箱と諭吉さんが鎮座していらっしゃるお札が一枚。
「え?」
「行ってらっしゃい!大阪に。」
「え・・・、今から?」
謝るのはコンラッドの帰ってくる明後日に直接言うと話した筈なのだがなぜこんな展開になっているのだろう。
「思い立ったが吉日よ!」
俺の意思は!?思い立ったのはお袋であって俺じゃない筈!・・・と目をキラキラさせた状態の時の母親に進言できる猛者は居るはずも無く。
俺、今新幹線の中に居ます。
いよいよ着いてしまった食い倒れの待ち大阪。Oh、さっかーなどと面白くも何とも無いギャグを(コンラッドなら笑いの沸点が低いから笑ってくれるかもしれないが)
笑いの街で言って見ても虚しくなるだけだ。
邪魔にならないようにホームの端に寄ると、ずっと“押せずにいた”携帯のスイッチを思い切って押してみる。
コール音はプルル、プルル、プルルと三回。電話の相手は、
「もしもしコンラッド?」
言いたい事は2つ。
“ごめんなさい”の言葉と“愛してる”の六文字と五文字の二つ。
─仲直りに大切なのは伝える勇気─。
作品名:Saint Valentine Day in 2008 作家名:社瑠依