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大通りほどの賑わいではないが、路地の奥、勝手知ったる子供たちはきゃっきゃと声を上げ、空を飛ぶ赤蜻蛉をおいかけ走り回っている。
ぽすんとぶつかった子供に目をやれば、ごめんなさい、兄が頭を下げそれにならって弟も頭を下げる。そして中を飛行する赤蜻蛉を追いかけはじめる。

「ふっ。」
 表通りを歩いていれば、それだけで恐れられることもある自分に臆することもなく居てくれる子供等。そんな存在と久しく接していなかったものだ。思わず口元が緩む。
 平穏を画に書いたような空間に、郷里の風景を思い出し鬼の副長の眉間の皺も緩む。


「確かここら、だったか。」

 多忙ですっかり足が遠のいてしまっていたが。町のものでは派手すぎる、育ての親となってくれた郷里の義姉へ送るに丁度良いものはと探していたときに、偶然見つけた櫛屋。

 
「あら、土方はん、お久しゅう。」
店の前に水を撒きに来たらしく手には柄杓と桶。
「見ていかれる?」
 促され店の中へと入ると、目が慣れないうちはほんの少し薄暗く感じるが黄楊の匂い、香の匂いが心地良い。
 芸者に贈る櫛の様な派手さはない、だが、丹念な仕事が為されている。櫛歯の一本一本、飾り彫りの美しさは格別でそれと負けない。

 手にとっては戻し、また手にとっては戻し。
「あら、随分と可愛らしい方なのね。」
急に声をかけられ、少し吃驚し目を軽く瞬かせる。
「いえね、町の噂で少しね。」
 新撰組の土方歳三といえば色街のちょっとした有名人だ。
彼を巡って、やれ、女同士が取っ組み合いの喧嘩をした。やれ、名のある店の太夫が惚れ込み他の客の取らなくなってしまったなど…と。こういった商売を営んでいれば、図らずともそんな噂が耳に入ってくる。
「下らねー噂ばかりだな。」
どれだけ尾ひれ背ひれがついてんだ、そう言って苦笑する。
「でも、噂は噂だったようね。」
女将はくすりと笑む。
「本命の方は随分と可愛らしい方」
「これは、別にそんな…」
柄にも無く動揺交じりに弁解してしまった土方に女将は続ける
「嘘仰い。」
そんな顔している貴方を見たのは初めてよ。幸せそうな笑みを湛え、
手にとった櫛を通して誰かを見ているのだろう。優しく、愛しいものに触れるような繊細な手つきで櫛を撫でた。



「雪村です、お茶をお持ちしました。」
「おう、入れ。」
 人の入ってきた空気の動きで、蝋燭の灯が揺らめく。
 盆から湯呑を受け取り口をつける。水分が何刻も向かっていたお陰で乾いていた身体に染込んでいくのが分かる。

「何か私に出来る事はありませんでしょうか。」
「無いな。そろそろ寝ろ。」
 そういってぐいと飲み干し、盆に湯呑を戻す。

「はい、では失礼します。」
そういい頭を下げる千鶴の顔に憂いは無い。
 最初の内は脅され半分男所帯に押し込まれ萎縮し見かけるたびに何処か寂しそうにしていたものだが、今となっては居場所を見つけたのだろう、千鶴の表情には優しい笑みが湛えられていることが多い。


「ふっ。」
思わず頬が緩む。
「え?」
 驚く千鶴に初めて自分が笑っていたのだと気付かされる。そして、もうひとつ気付く。
あぁ、こういうことなのか。
昼間の女将の言葉が甦る。
─うふふ、素敵な方なのね。貴方の想う人は。
己はこうも初心なものだったか、今の今まで気付かなかった自分の中に潜んだ想いに思わず笑ってしまう。
クククと堪えられず笑ってしまえば、千鶴は目を瞬かせてその理由を探ろうとする。

「いや、何でもない。」
あぁ、そうだな。
そう言って文机の引き出しから包みを取り出し千鶴に渡す。
「とっておけ。」
「これは?」
小首をかしげれば彼女の髪がふわりと揺らめく。
「開けてみろ。」
言われたとおりに封を切ると、わぁ、と千鶴は感嘆の声を漏らす。
「ありがとうございます。」
 胸がいっぱいといわんばかりの表情に、自分の心が満たされていく感覚を覚える。
その髪に簪をさして上げられたのなら、その肌に淡い桜色の着物を着せてやれたら、その唇に紅を引いてやれたのなら。
この想いは満たされていくのか。
千鶴の胸の櫛の桜が灯りに小さく揺らめいた。
作品名: 作家名:社瑠依