原罪
「此処に入っていろ!」
乱暴に投げ捨てられれば、受身が取れていなかったらしく閉じられる扉に追いすがる為、身を起こそうとしても痛みが走って上手くいかない。
着物の裾を辛うじて掴むがすぐに振り払われ、今度は鼻を地面に打ちつけた。
「出して!お願いします!もうしませんお願い…!」
叫んでも、気配は遠ざかっていくばかりで、戻ってくる気配も無い。ただ弁解の声が高い天井に当たって反響するだけだった。
「痛って…」
右足もひねってしまったらしい。興奮が治まればズキズキと痛みが始まる。
そしてずるずると背を硬く閉ざされた戸に預けたままずるずるとしゃがみ込む。
「糞…。」
「くそ、くそ、くそ…!」
何をやっているんだ俺は。
「うぁあああああ!」
薫はたった一人で、砂に塗れた顔を鼻水と涙でぐちゃぐちゃにして泣きながら、絶叫した。
両手を拳にして打ちつけてもただ痛いだけだというのにそうせずにはいられない。
捻挫も痛みも明日には消え去っている。
そうだ俺は鬼なのだ!
俺は雪村の本家の鬼だというのに!誇り高き雪村の鬼がなぜ!?
なぜ、このような所にいるのか!
夏なのに、底冷えするような寒さのする土蔵。そんな場所にたった一人で。
薫は憤る。
こんな亜流の奴等に媚び諂い、挙句の果てには相手にもされない。ああ、なんと落魄れた事か!
涙を拭えば、ざりざりとした砂で顔の汚れが広がるばかりで。
父様が、母様が生きていたのなら。
違ったのだろうか。
何も望まず、ただ平穏に暮らすことを望んだ雪村を、安住の地を奪い去った人間を薫は許すことが出来ない。
そして、
蔵の高窓から差し込む月の灯で布の隙間からのぞく鏡がチラチラと光る。
薫は、その光りに誘われるように鏡へと歩を進めた。
布を引き抜けば、薄汚れた鏡が顕わになる。
そこに映るのは、
「醜い。」
者の姿だ。
薄汚れた着物、泣きはらして赤くなった目許、涙と鼻水の跡に張り付いている砂。
微笑んでみれば、そいつも同じように引きつった笑みを浮べる。
そうだ、これは俺なのだ。
─なんでこんな奴を連れてきたんだ。
─役に立たない
─こ ん な 奴 、 い ら な い の に !
何度と無く言われたその言葉、そんな言葉を投げられても心はもう痛まない。
薫は髪の結い紐を解く。
肩口程の長さの髪がばさりと降り。女のように大きな瞳、汚れを除ければ真白い肌が姿を現す。
「千鶴。」
名前しか知らない俺の妹。俺の片割れ。
この家の莫迦な餓鬼共の様に、綺麗な着物を着て、あいつは笑っているのだろう。
俺のような笑みでは無い、心からの笑みを浮べて。
「お前は俺とは違う。」
ガチャン、砕け散った破片に残ったのは数滴散った赤と、欠け始めたばかりの月の姿は無数に。