片恋
そう聞かれた瞬間、イギリスは自分の初恋が終わることを覚悟した。
■ □ ■
アーサーは、決して誰にも打ち明けたことはなかったが、もう随分と長い間フランスが好きだった。
それが、いつ「恋」であるかと自覚したかなんて、もはや覚えていないくらい、昔からだ。
これは敵国に対しての感情として決してあってはならないことだ、と小さい頃、戦中に身を置いていたころは思っていたし、これはもしかしたら小さい頃に少し優しくしてもらえたことによるインプリンティングに過ぎないのではないか、と腐れ縁が板についたころには何度も考え直した。
けれど、決してその恋は気の迷い、では留まってくれず。
年月を重ねるごとにイギリスの胸の中に少しずつ、少しずつ、ただ確実にその質量を増していった。
このままではいけない。
そう思ったのはこの冬のこと。
たまたま寒がっていたフランスに、つい勢いでマフラーを編み上げてしまったその時。
これを渡すときに、自分のこの気持も打ち明けてしまおうか。
この数百年の恋に、何かしらのケリをつけよう。
自分の初恋の終着地点くらいは、自分の手で見つけたい。
そう思い、決めたはずだった。
けれど、数百年の恋の結末は自分でもはっきり分かっているくらい、歩の悪いものだった。
相手は美しいものが好きで、人は変われどもいつだって恋人と一緒にいて。
その恋人だって、いつ見ても美しい人ばかりだった。
このままの関係は、嫌だと思う自分と。
この何百年とかけて作り上げられた関係が、全てなくなってしまうのではないかという恐怖。
その板挟みに、ただ、勇気がだせない自分が嫌いだった。
この恋を終わらせると決めたのは自分なのに、今の関係に甘んじ続けることでフランスに甘える自分が。
結局、もう春目前となっているのに、そのマフラーは未だに手元にある。
マフラーが必要となるような日はそろそろ少なくなってきていて。
ちゃんとラッピングも自分なりにして、フランスに似合うようにと、自分で一生懸命編み上げたマフラーだった。
しかし、この気持と一緒に、もうゴミとして捨ててしまおう。
今考えればとても惨めなことをしたものだと思う。
フランスのファッションセンスを考えても、どうして贈ろうという気持ちになれたのか。
ただの手編みのマフラーが、一気に重たいものに感じられた。
手芸が趣味なことを差し引いても、フランスが身につけてくれる可能性は限りなく低いものだ。
フランスには、恋人がいつだっている。
その恋人の前に友人がくれたマフラーだと言って、フランスがそれを身につけてる姿など、とても思いつかなかった。
せめて、友人として、今の場に留まれた方が幸せかもしれない。
痛む胸さえ、自分が我慢すれば今の関係でも、フランスの傍にいれる。
もしかしたら恋人という関係になれるかもしれないと夢見た方が可笑しかったのだ。
今のままでも昔からしたら素晴らしい立ち位置ではないか。
平和な時代に慣れてしまって、気付けば自分はなんと贅沢な思いを抱いていたのだろう、と。
そのマフラーの入った包みをゴミ箱に入れた瞬間、玄関のチャイムは鳴らされた。
そして、そのゴミを見つけられて、今に至る。
■ □ ■
勝手にゴミを漁るな、とか。
お前には関係ないだろ、とか。
いつも口から飛び出すような文句は、まるで舌が凍ったかの様に、出てきてくれなかった。
暴かないでほしかった。
それは、今、本当にお前への思いを諦めようとした証拠なんだ。
涙腺がじわじわ、緩んでくるのが分かる。
「どうしたの坊っちゃん?あれ?俺そんな変なこと聞いた?!」
ただ綺麗にラッピングしてあるのに何で捨ててあるのかなっと思っただけなんだけど!!
慌てるフランスに、何一つとして言葉が出てこなかった。
お前は悪くないんだ、とか
それはいいんだ、とか。
何か言うべきなのに、ただ涙だけが滲んでくる。
自分は思っていた以上にフランスのことが好きで、
そして自分の思っていた以上にフランスのことを諦められていなかったことを突きつけられて、悲しくてならなかった。
「どうしたんだよ…」
そっと、肩を優しくフランスが抱いてきて、一気に、自分の頭は真っ白になった。
その優しさに付け込もうとしていた自分が、恥ずかしくてならなかった。
そうだこいつはこういう奴なんだ。
弱い奴にはどうしても優しくしてしまうだけなんだ。
どうして希望なんてもったんだろう。
「優しくすんな…」
そう応えることが精一杯な、自分に。
ただ優しく抱きしめてくるフランスの体温は残酷すぎた。