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Shina(科水でした)
Shina(科水でした)
novelistID. 3543
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ひとりよがりのよまいごと

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ひとりよがりのよまいごと


両手を合わせて作ったお椀の中には、ひと掬いの水があった
掬った覚えなどないが、確かに存在した
手の中の水はきらきらと虹色に輝いていた

「なんだこれ」
「それは君の願いを叶える魔法の水だよ」

疑問を口に出した瞬間、他人の声がした
男の声だ
振り向くと痩身のキレイな顔をした男が人好きのする笑みを浮かべて立っていた
ぞわりと、まず嫌悪感が走る
溜まらず顔をしかめると、男は愉快そうに浮かべた笑みを深くした

「やだなぁ、夢でまでそんな顔しないでよ」
「なんだ、夢か」
「そう、夢さ。夢じゃなければ君が俺を見て大人しくしてるわけないじゃん」
「ふぅん」

男の言葉にさほど興味は向かなかった
嘘くせぇな
そうとだけ思う

「さて、飲まないの」
「なにを」
「そ・れ」

つい、と形の良い指先が虹色を指した

「夢なんだろ」
「夢だよねぇ」

夢の中で願い事が叶っても意味なくねえか
そう考えると、どうにも飲む気になれない
それに何の条件もなしに叶うわけがないだろう

「まったく、こんな時ばっかり察しが良いんだから」

嫌になっちゃう、と男は唇を尖らせた
うん、キメェ

「それはキミの力をなくす水。条件はキミのいちばん強い記憶」
「ふうん」

条件を聞いて、なおさら飲む気が失せた
それが男には不服らしい
どうして、となお訊いてくる
あ、ほんとまじでうざいぞコイツ

「大事なもん消してまで消す価値なんざねぇだろ」
「へぇ、大事なんだ」
「大事じゃなけりゃ条件にはなんねぇだろ」
「へぇ、へぇ、へぇ大事なんだ、ふぅん」

男はニマニマと薄気味悪い笑みを浮かべた
この顔を俺は知っている
すごく気分が悪い

強い記憶
忘れてしまうには惜しい記憶
手放すわけにはいかない記憶
俺の、いちばん大事な

「まさかシズちゃんが俺とのことをそんなに大事にしてたなんてね!」
「はぁ?」

男の口から的外れな声がした

「いちばん強い記憶って俺でしょう?
 シズちゃんは俺のこと憎くて憎くて堪らないもんね!
 憎悪の記憶はなにより強い!
 ふふ、はは…っ!
 まさかシズちゃんがそんなに大事にしてくれてるなんてね!!
 ははっ、あはっ、あはははははははははははは…っ!!」

キチガイじみた笑い声が響いたまま、俺はぱかりと目が覚めた

「…………」
「静雄?」
「トムさん…すげーやな夢みました」
「おーどんなだ」

ベッドから身を起こすと、隣で寝ていたトムさんが名前を呼んでくれた
トムさんが嫌な夢は話すと良いって言うから俺はさっき見た夢を話すことにする

ノミ蟲が出てきたこと
願い事が叶う虹色の水のこと
条件のこと
的外れなノミ蟲の話のこと
そういう、見たままを全部話した

「そもそも願いが力がなくなることってのが間違ってるんスよ」
「あ、違うのか?」
「違いますね」

トムさんもそう思ってるのか
それがちょっと悔しくて、トムさんの肩に額をあてる
うりうりしてやれ

「静雄ー?」
「願い事なんてもう叶いました」
「そうなの?」
「はい」

すん・と、息をするとトムさんの匂いがした
男くさくて、優しい、それですごい安心する、そんな匂い
忘れてたまるか

「バケモノのままでも抱き締めてくれる人がいるんだから、それ以上を望んだらバチがあたっちまいますよ」

体を起こして不意打ちに口を吸う
すぐに入ってくる舌が愛しい

「ん、ふ…トムさ…」
「っ、たっく、おまえはかわいいこと言ってくれちゃって」

ちゅ・と今度はトムさんからキスをされる
ほらな
もうこんなに幸せ

優しい記憶
認められた記憶
あたたかい
手放すわけにはいかない記憶
手放したくない記憶

ノミ蟲の記憶がいちばんだなんて考えたくもない
癪に障る高笑いはとろりと溶け出した思考に霧散した

end