夢みる話
音が大きすぎて、わんわんと響くようで、どこからした音なのかわからない。
ただ耳の奥がわんわんと、大きすぎる音を伝えた名残で揺れている。
もはや聴覚はあまり使い物にならなかった。
目の前で、沢田の小さな身体がゆっくりと倒れてゆく。
すべてがスローモーションのように見えて、小さな小さな鉛弾が彼の腹から出て行くのを見た。
赤い花が散るように、花弁のように血液が飛んでそのまま。あたりを赤く染めあげながら沢田は倒れた。
「――っ!!」
やはり聴覚はイカレてしまったらしい。
喉が枯れそうな勢いで叫んだ彼の名前は、自分の耳に入ってくることはなかった。それとも、目の前の衝撃的すぎる光景に、脳の情報処理が追い付いていないのかもしれない。
慌てて抱き起して顔を覗けば、青白い顔をして口から一筋血を流した沢田は、苦しそうに呼吸を繰り返していた。
「――っ! ――っ!?」
自分が必死に呼びかけている声すらも、耳に届かない。もしかしたら聴覚はまったくもって正常で、声が出ていないのかもしれない。己の聴覚ながらうんざりする。
なんて使えない!
口元に流れる血液を、そっと親指の腹で拭ってやった。
痛々しげに顔をゆがめながら、それでも口元を緩めた沢田はきっと笑ったのだろう。
彼の笑顔は、人の強張りを解く力がある。どんなに必死になっていても、彼の笑みを見ると少しだけ、心にゆとりという隙間ができるような気がした。
「ひ、ばりさん」
耳に、彼の声が届く。よかった、聴覚はいまだ健在だ。心地よいこの声を聞く幸福はまだ失うには早い。
「……」
「だいじょう、ぶ。だいじょうぶ、です」
ちっとも大丈夫ではないはずの沢田は、そう呟いて、まるで痛みなどないかのような穏やかな笑みを浮かべた。
徐々に、彼の身体から熱が引いて行く。
「行かないで、逝かないで」
傷に負担をかけないように、僕にしては珍しく控えめながら、それでも肩をゆするけど、綱吉は微笑んで瞬きを繰り返すだけだ。
――だい、じょうぶ、です――
ぱくぱくと口の形がそう告げる。沢田はもう、僕には声を聞かせる気はないらしい。
「いかない、で」
縋るようにつぶやいた言葉に、一層笑みを深めて、沢田はゆっくりと瞼を閉じた。
***
目を開けば、夜の帳に包まれた中でぼんやりと、見慣れた天井の模様が見えた。
慌てて置き上がり見回せば、隣では沢田がすやすやと寝息をたてている。
僕はほぼ反射で、眠りの淵より覚めずにいた、小さく薄っぺらな身体を抱きしめた。
「う、ぐえ」
潰れたカエルのような声をあげて、沢田はゆるゆると瞼を開ける。
「沢田、よかった! よかった!」
「……雲雀さん?」
腕の中から声が聞こえる。眠っているところを突然抱きしめられて困惑したのだろう。少し掠れた、もごもごと寝ぼけた声が、名前を読んだ。
「よかった、死んでない!」
安心してさらに力を込めると、小さく彼の鼓動が伝わるような気がした。
「ひば、りさーん?」
閉じられてしまった、琥珀色の瞳をまた見ることができた。声を聞くことができた。
「だい、じょう、ぶですか?雲、雀さ、ん?」
そろそろ放してくれないと苦しいです……
小さく呟きながら背中をぽんぽんと叩かれて、雲雀は我に返った。
「どうしたんですか」
闇の中でもわかる琥珀色の瞳は、不安げに揺れていた。気遣うように声を掛けられて漸く、己が心配をかけてしまったことを知った。
大きな、寝起きのぬるい体温の手が、そっと頬に添えられる。
「よかった、よかった」
「……」
「君が逝ってしまう夢を見たんだ」
頬に添えられた掌に、己の手を重ねる。
「撃たれて、血を流して、倒れた」
「手が冷たくなってます、そんなに不安でした?」
片手を頬に当て、もう片方の手で、鼓動のリズムで背中を叩かれると酷く安心する。
抱きしめているのは僕の方のはずなのに、これじゃあどっちがだきしめているのかわりゃあしない。
「すごくこわかったんだ」
そう告げれば、沢田は牛の子を見るような眼で微笑んで、背中を叩いていた掌に力が込められた。
「大丈夫です、俺はだいじょうぶですよ。俺が嘘ついたことありましたか?」
「……けっこうあるよね?」
「ははは、そうですね。でも、本当に大丈夫です」
背中にまわされた手も頬に添えられた。頬を挟むようにして、沢田は僕とまっすぐに視線を合わせて、微笑む。
「これが……――最期の嘘です」
突然霧が満ちて、沢田は霧散した。
先程まで腕の中にいた身体も、頬に添えられていた掌の温もりも、もうどこにも残ってはいない。
いつの間にか朝が来て、照らされた布団の上に僕は茫然と座り込んでいるだけだった。
僕は何時になったら、きみの拘束から抜け出せるのだろう?