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遅すぎた話

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うだるような暑さの日も、手相を見る時も付けておくように、君が君の家庭教師に言われたイクスグローブと同じ。マフィアの一張羅だからと常に身につけておくように言われた白のスーツ。
 俺が見立てた最高級品を汚すんじゃねーぞと拳銃を突きつけて来たそれ。
 全て君を守る為の言葉だ。
 彼は結局、何時だってあの子を守る為に動いていた。
 あの言葉が、スーツが血で汚されることがないようにとの彼の願いだった事に、君は気付いていただろうか?




「汚したら怒られるんで、預かっていてください。大事なものが入ってるんであさったりしないでくださいね」


 そう言って去っていった濃いグレーのワイシャツを纏う薄い背中。
 それきり君は帰ってこない。
 帰ってこなかったではない、“まだ”君は帰ってこないんだ。
 手に残された白のスーツのジャケット。

 こんなに待たせているんだから、大切なものくらい暴いてもいいだろうと、君のポケットを漁る。
 グローブは手に、匣はズボンのチェーンについているはず。携帯も見当たらない。ズボンのポケットか、無くしたのか。

 結局右のポケットからブドウ味の飴が出て来た他に、スーツには何も入っていなかった。
 まさかこんな飴が“大事なもの”なのか。お人よしのあの子が、雷の子にあげる為に持ち歩いていたのかと考えれば否定もできず、僕は目を細めた。
 小さく息を吐いて、ジャケットを簡単に畳み肩に掛ける。そこでふと、どこかで聞いた事のあるような、硬質だが軽く小さなものが当たる音がジャケットから聞こえた。
 首を傾げて、スーツを探る。
 綱吉のスーツのボタンの一つ、平らなそれのはずなのに、記事が妙に膨らんでいる個所があった。
 めくれば、スーツの三つのボタンの真ん中。上からも下からも二番目の位置に、並中風紀委員の学生ボタン。

 これはうぬぼれてもいいのか、君は僕が好きだとうぬぼれてもいいのか。
 知るのが少し、遅すぎた。
作品名:遅すぎた話 作家名:桃沢りく