越えられない想い
そういって寂しそうに微笑む。
そんな顔をされてしまえば、なんて声をかければいいのか。
僕には分からない。
「あ、お帰りなさい」
「うん、ただいま」
今日の晩御飯の食材を買出しに行っていたヴァッシュさんが帰ってきた。
どさりと、テーブルの上に買出しの荷物を置く。
「今日は何を買ってきたんですか?」
「えっとね、キャベツと人参でしょ……あとは、もやし、紅生姜、コッペパン」
「焼きそばパンでも作るんですか?」
「え、へへ……うん」
ヴァッシュさんは頬を掻いて、頷く。
その刹那、脳裏を過ぎる人物。
大きな十字架を背負った人物。
「ご、ごめん。そんな顔しないでよ」
「え?あ、や……僕の方こそ、すみません」
気付いていなかったが、思い切り眉根が寄っていたらしい。
ヴァッシュさんに謝られてしまった。
あの困ったような笑顔で。
そんな顔をさせるつもりなどなかったのだ。
出来ることなら、見たくはない。
『おい、リヴィオ』
『ん?何?』
『おめーも何時までも遠慮してんじゃねーっつの』
『な、何に対してだよ……』
呆れたようなラズロの態度。
分かってはいたが、素直に認めたくなかった。
思わず反抗的な態度になる。
『……ったく、素直じゃねーのな』
『ら、ラズロ……?』
「おい、ヴァッシュ!」
ワケが分からず、おろおろしている間。
ラズロに取って代わられた。
「へっ!?……あ、ラズロ?どうしたの?」
「ちょっと顔貸せ」
「え?」
瞬間。
胸倉を掴んだかと思えば、勢いよく引き寄せ。
「んっ――!?」
口を塞いだ。
暫しの静寂。
聞こえるのは、夜の喧騒のみだ。
「ふんっ……いつまでもうだうだしやがって――」
「ラ、ズロ?」
「――ぅはっ!ご、ごめっ!す、すみ、すみませっ!」
瞬時、ラズロが引っ込み、リヴィオに戻ったらしく。
口を押さえ、赤くなったり蒼くなったりと忙しい。
そして、ジリジリと後退りながら扉へと近付き。
「あ、頭、冷やしてきま、す……!!」
此方も見ずに、一目散に部屋を飛び出して行った。
ヴァッシュはあまりの突然の出来事に、動けないでいたが。
「び、吃驚……した」
『面倒くさいのは嫌いだ』と言って、普段はなかなか姿を見せることをしないラズロ。
そのラズロが姿を見せた。
何か、リヴィオが抱え込んでいる事は明白。
……だが。
その『何か』と言うのは、何となく察しはついている。
「いい加減、僕も……踏ん切りをつけないとなぁ……」
リヴィオが飛び出していった扉を見遣ると。
溜息を一つ。
「ね、ウルフウッド……」
大きな十字架を背負った人物を、思い浮かべた。