変身すればいいじゃない!
「ちょっとこれを見てたの」
「変身ヒーローものか。見たいのか?」
「ううん。どんなのかなって見てただけだからいいわ」
「それじゃ探してたの有ったから借りて行くか」
バイト終わりに私達はレンタル店に来ていた。
お目当ては潤君が言っていた映画のDVD。
あまりにも褒めるものだから私もすごく気になって、わざわざ新聞で調べてもらった。
幸いにも有ったみたいだし、帰ってすぐにでも一緒に見たい。
「飯どうする?」
「夕方に食べちゃったしまだ空いてないわ」
「それならそのDVD見終わって返却に行く時でいいか?」
「そうね」
借りて車に乗って潤君の家に行く最中、借りたDVDはお店のバッグに入っているのを私が抱えて持っていた。
お腹は空いていない事もないけど、この映画に対する期待をスッキリさせてから御飯を食べた方がもっと美味しいと思うからちょっと嘘を吐いちゃった。
だって本当の事を話すとからかわれそうだし……
「ねえ潤君。さっきのDVDなんだけど」
「あのヒーローもののか?」
「うん。あれって見た事ある?」
「いや、違うシリーズのは確かガキの頃に見た記憶はあるが……やっぱり見たかったか?」
「それは本当にいいんだけどね。ただ……」
「ただ?」
「私も変身したいなって」
「…………熱でもあるのか?」
「ひどいわ潤君……」
赤信号で止まった車内で潤君はその大きい手を私の額に当てて心配そうに言った。
ここでいつもなら、言葉が抜けているだの言いたい事は全部言えだの言われるけど。
ハンドルにもたれかかってフロントガラスからにらめっこをするように赤信号を見上げながら続きを促してくれた。
「それで、どういう事なんだ?」
「うんとね、えっとね、私も変わりたいなって」
「も、とは?」
「みんなはいつかバイトを辞めてそれぞれの人生を歩いて変わっていくと思うけど、私はどうしたらいいんだろうって」
「店長に尽くせたらそれでいいんだろ? そう言ってなかったか?」
「そう、だけど……」
「八千代、お前はどうしたいんだ?」
「解らないわ……けど、寂しいの……」
思わず腕に力が入って抱いていたバッグに皺が寄る。
言いたい事が少しは言えた気がした。
溜め込んでいたわけじゃないけど、潤君と付き合い始めてから感じてきた自分なりの気持ちや考えが。
「以前のお前なら店長さえいれば良いって言ってたのにな。なのに今はそうやって自分の心情に戸惑っているんだ」
「……」
「それも一つの変身、変化だと俺は思う」
「そうかしら……」
「人は変わっていく。そのスピードはそれぞれで、変わらないものもある。でも、変わらなくていいものもあるんだ」
「……」
「俺だっていつかは卒業して就職する。でも八千代、お前とはずっと一緒にいたい」
「じゅんくん……」
「今はまだ俺も店長もみんなもいるんだ、そんなに急いで答えを出さなくてもいいんじゃないか?」
永い永い信号待ちの間。
街灯に照らされる、いつの間にか遠い目を道路に向けていた潤君の横顔とその言葉。
解ける腕の緊張。
「偉そうな事を言ってすまん。何の解決にもなってないよな」
「そんな事ないわ、ありがとう」
「八千代……」
やっと全てが解った。
潤君と付き合い始めて。杏子さんや美月さん達からほんの少しだけ距離を置いて自立するようになって。
その二つの環境に心のどこかでまだ慣れなくて気付かない内にズレが生じていたんだわ。
だけど今の潤君の言葉で気付かされた。
変わっていくならゆっくりでも良いし、変わらなくても良いんだって。
信号の色が青色になって車はやっと動き出した。
車の中はひどく静かで、穏やかで。
まるで今の私の心のよう。なんて言い過ぎかな。
これからは杏子さんと、美月さん達と、みんなと、潤君と今まで以上に心を通わせていきたいと思う。
作品名:変身すればいいじゃない! 作家名:ひさと翼