いつものこと
そこそこ防音効果のある室内にいるにもかかわらず、遠く雨の音が聞こえていた。いっかなやむ気配のないそれを見上げていた山陽は、そっと背後を伺った。いつも通りといえばいつも通り、自分より少し小柄な同胞が膝を抱える姿がある。
「いやぁ、ホントここ数年異常気象だねー」
けらけらと笑う山陽を、東海道はじろりと睨んだ。そして、どこからともなくシルクハットとスティックを取り出そうとするのを、地獄の底から響くかのような低い声で止める。
「あらー。やっぱだめか」
しばらく前に披露した二番煎じのネタを否定され、山陽はシルクハットをかぶり、スティックで頭をかいてみせる。そちらを覇気なく見た後、東海道は膝頭へと顔の位置を戻した。
現在地が東京であれば、打たれ弱い彼の気を紛らわす相手は他にいただろう。だが。残念ながら二人がいるのは新大阪駅の一角で、JR東日本に所属する面々はいない。山陽が口を閉じれば、ただ息詰まるような沈黙が落ちるばかりだった。
それでも、いつもより幾分か空気が穏やかなのは、運休が一部にとどまっているからだろうか。関西以西では警報が出るレベルの大雨だが、関東一円は見事な快晴なのだ。ある意味始末に悪く、ある意味救いのある状況だった。
――まぁ、うちも完全に無事じゃあないしなぁ。
山陽が心中一人ごちたのが聞こえたというわけでもないだろうが、東海道はのろのろと顔をあげた。
おいと低く呼ばわるのに対し、軽く応えを返し、山陽は続く言葉を待った。
「こんなところで油を売っていていいのか」
オマエは動いているんだろう、と。感情が抜け落ちたような声で、東海道は言った。
「ん? ああ、まぁね」
「……すまん」
現在、東海道新幹線一部区間における運転見合わせの影響で、山陽新幹線にもそれなりの遅れが出てしまっている。しおらしいというよりは、うちのめされているといったような謝罪の言葉に、山陽は苦笑した。そして、再度窓の外をみる。とうに日がくれた現在、ばたばたというハッキリとした雨音こそ聞こえてくるものの、窓ガラスの水滴の動きくらいしか具体的に見えるものはない。
「これだけひどけりゃね」
同じ日本国内なんだしつながってるし、と。山陽の言葉に、東海道はぎゅっと自らの制服の生地を握った。山陽は幾度かまばたきをした。そして、ええとと口にする。
「すぐにやむよ」
走れるようになる、と。穏やかな山陽の言葉に、東海道はぴくりと反応した。再度、山陽は同じ言葉を繰り返す。そうだなの返事は、意見への賛同というよりは、単にうるさいから黙れという意味のように聞こえた。
ひとつためいきをつくと、山陽は窓から離れ、東海道の元へと足を運ぶ。
「夜明けには小ぶりになり、明後日には関東東北全域で梅雨明けの見込み。西日本も、数日内には夏となるでしょう」
夕方に聞いた天気予報の内容を思い出しながら、口にする。そして、ひざに埋められたままの東海道の顔をのぞきこもうとする。こめかみのあたりではねる黒髪に手を伸ばした。
「どっちみちもう終電だしね」
そう言って、山陽は笑う。のろのろと東海道の視線が上がった。ほんの少し目を細めた。
「明日は気合入れないと」
頬の辺りの表情筋の動きで、東海道の口が動いたのがわかる。肯定か否定かまではわからなかった。にこにこと笑顔を浮かべながら、山陽はくしゃりと東海道の黒髪を握る。
東海道の顔が膝の上に落ちる。山陽が表情をひきつらせたところで、足もまた椅子から落ちた。東海道は立ち上がった。そして、窓辺へと足を運ぶ。
「雨量計はどうなっている」
いくらか力のある彼の言葉に、おおと山陽は声をあげた。東海道が、眉を寄せてふりかえった。おおっとと口中つぶやくと、聞いてくるよと山陽は踵を返す。
再度、東海道は窓の外へと視線を戻した。予報では夜明けには小ぶりになるとのことだった。だが、暗闇の中、雨はいっかなやむ気配を見せない。