棘を削ぐ
棘を削ぐ
「イギリス、あの花は特別きれいだね」
アメリカの家の片隅に作られた、イギリス自慢の庭。
その中でも一際目立つ燃えるように赤い薔薇がアメリカは好きだった。
鮮やかで力強い、真っすぐに立つ姿。何よりも、害をなすもの全てを刺し貫くような鋭い刺が魅力的だった。
「それならお前にこれを贈ろう。お前の白い肌に映えるいい色だ」
イギリスはそう言って微笑みを浮かべた。
次の日、彼の愛した赤い薔薇はイギリスの手によって手折られ、アメリカのベッド脇のチェストの上に飾られた。
昨日庭で見た姿と変わらず瑞々しい花弁は美しかったが、それはもうアメリカの心を響かせはしなかった。
「これ、どうしたの」
「お前の目覚めが素晴らしいものであるように。昨日、お前に贈ると約束しただろう」
そういえばそのような約束をした。あれは、こういう意味だったのか。
アルフレッドは手折られた薔薇に同情しながら茎に手を伸ばした。
そっと触る。予想した痛みは襲ってこなかった。
ただ茎の表面はつるつるとして冷たい。
「イギリスこの薔薇、刺が無いよ」
「ああ、お前の肌を万が一にも傷つけないよう、削いでしまったからな」
なんでもない事のように話すイギリスに、アメリカは焦燥を覚えた。
会話は成立しているはずなのに、意思は通い合っていなかった。
「刺の無い薔薇なんて無意味だよ。あれは彼らの強さだ。生命の証だ」
「馬鹿だなアメリカ、薔薇は弱い生き物だ。肥料も食うし少しでも手を抜けばすぐに弱る。こいつは人間に愛される為に作られた。人を拒んではでは生きてはいけまい。刺など虚勢だよ」
それは違うと否定する代わり、にアメリカは押し黙り唇を噛んだ。
(ならば、俺のこの刺もいつか君は削いでしまうのかい?)
「どうした、アメリカ?」
イギリスの手の平がアメリカのふっくらとした頬に触れる。
イギリスが愛するそのまろい頬も直に張りのある精悍なものになるのだ。
親指が赤い唇を擦る。
イギリスはその甘やかな唇の下に獰猛な犬歯が隠れていることを知らない。
愛しげに撫でる指に噛み付いてやれば、気付くのだろうか。
アメリカの夢と未来と向上心の詰まった鋭い刺に。
「・・・くすぐったいよ、イギリス」
それでもアメリカは、イギリスが自分をどんなに愛しているか知っているのだ。
そしてアメリカもまた、頬を撫でる手の平に親愛のキスを贈りたいくらいにはイギリスを愛していた。
愛しているのに。
だからこそ、イギリスから離れるだろうそれほど遠くない未来を彼は予感した。