from night to night
駅内の機械的なアナウンスを左から右に聞き流して、人も風も平等に運んで来る電車に揺られて池袋に到着する。本日待ち合わせた場所に跳ねる気分で向かう。チャット後と取り決めているので、別段時間に関するタイミングに問題ない。いくつかの塗装の薄れた歩道を歩み、いくばかの点検が必要な印象の歩道橋を渡り、寂し気な構われない廃ビルに吸い込まれるようにして入る。軋む声を上げる階段を軽快な足取りで踏み締めて、到着した行き止まりの一つの扉を開ける。否、把手に手を掛け廻し押そうとれば反対側から引かれたらしくあっさりとした感覚に口元を綻ばせる。
やあ、今夜もこんばんは。
昔々から人が好きで堪えられなく、興味が無限度に尽きない存在だった。人間観察が日課であり趣味を占めながら、生き甲斐になっていた程に。
そんな直向きな行いから、神様とやらが贈り物をくれたのかもしれない。眠りに落ちて夢をみる度に、自分以外の夢へとまるで歩道を渡る気軽さで持って訪問出来るようになった。己の夢からスタートして、その夢の中で開閉する時やくぐり抜ける折、心中に故もなく楽しい予感がしたら其処は大体において繋がっている境界線である。そしてその先には他人の夢が広がっている。首なしの女と踊る夢がある。街が壊されている夢があるなら、街中に黄色いバンダナやスプレーで覆われている夢もある。はたまた幸せそうな家庭の夢がある。
しかし最近少々奇妙な夢に出逢った。どの夢もみているそのひと自身が何処かしらにいるものだが、最近訪れたこの夢は違い、どうも当人は不在なご様子である。初めてのイレギュラーに若干戸惑うが、直ぐに湧き上がる興味へと変化を遂げる。
不在ならば、此処で待たせて貰おうか。
其処でみる夢には自分と共通点がある。先ず知り合いが登場すること。日ごとによって出て来る人物は流石に一致するまでには至らないが、生活圏はきっと同じだ。そう考えるのが妥当だろう。
また、不在の主は俺と同じ位人間が好きらしい。出て来るものは殆ど人間が主要である。一人一人が鮮明な臨場感を感嘆の域まで伴っていて、これは気が合うかもねえ。会ってもいないのにと自嘲を一つ。
夢内の夜の池袋の照明に照らされながら巡回する。知り合いや知り合いとすれ違う。眠っているものの中の、眠らない街を硬いコンクリートを踏み歩き行く。何処までも続いていく路は途切れない。ふと見慣れない不思議な標識を見つけた。傍に一人、寄り添うようにして立っている者が居る。声を鼻歌混じりにかける。
「こんばんは、かな。こんな所でどうしたの」
「こんばんはですね、臨也さん。実はずっと人を待っていたんです」
「へえ、どんな人?俺の知ってる人かな」
「ええ、よく知っていて、よくは知らない人ですよ」
「あはは、そうかも」
見慣れない標識は、待ち合わせの表記を示していた。
以下は後日の池袋で、ばったりとではなく意図的に顔を合わせに赴いた際の蛇足染みた会話である。
「本来昼間に会うのが普通なのに、不思議な感じがしますね」
「そりゃ、夢の中は正しく夜だったしねえ」
それにしても行き違いが、まさか夢の行き来で起こるとは思わなかった。
今度会いに行くから、次はちゃんと指定するから居てよねと念を押す。好きで待ち惚けしていた訳でもないですし、そんなの、はいと頷くしかないでしょうにと返答される。
「そういえば、今まで俺の方も覗いてた?頭の中を鑑賞されてるみたいで微妙だなあ」
「僕のも見てるじゃないですか」
「浮気予防だからいいの」
しかして繋がった夢の境界線は、何処に引かれているのかいないのか。それは当人同士にも判りはしない。
作品名:from night to night 作家名:じゃく