ずぶぬれワンピース
青い浜辺を水の粒が暴力的に波立たせる、しずくと共に跳ね上がった砂の粒が腕や足を汚す、薄いワンピースがみるみる濡れて少女時代に特有のなめらかでもどかしい曲線に張り付く、かの人が見たならば赤らめた顔をそむけているだろう。この場に、島に、国にいない人の名を少女は呼ぶ、呼びかけた、唇を閉じて、顎を引いて地面を見た。あの人。
電話、というかの人が持ち込んだ利器を思い浮かべる、が少女はその機械を苦手としていた。似つかわしくない。雨がざあざあと降っている。少女は青い海を臨んで立ち尽くしている。強くなる風の流れが水面を揺らす。息を吸う、馴染んだ潮と、草木が雨を吸う際の生命の漏れ、私は、私はかの人を抱き締めたかったのだ、少女は分厚い雲を睨む、しかし違ったのだ、雨に濡れた体を腕で覆う、寒いという感覚はない、暑い空気に雨は気持ちが良い、しかし、しかし、私はかの人に抱き締められたかったのだ。
雨はいよいよ強くなり耳は雨音に独裁される。一年である。かの人と会わずして一年である。背も少し伸び、髪の毛は腰まで届く、濡れたリボンをほどいて、失くさぬように腕に巻きつけ、とどろく海に飛び込んだ。水の中は平穏である。魚たちが泳ぐ泳ぐ、後ろを追いかけて沖まで、背びれに手を伸ばして、息を吐き、あぶくが雨のしずくと同化する。今日かの人が訪れぬのなら、一体彼と次に会えるのはいつであろう、また一年も先になるのだろうか、髪はどこまで伸びるであろう。水面に浮かぶ髪を揺れるままにしてたゆたう。鮮やかな魚は逃げてしまって、浜辺に戻ろうと立ち泳ぎ、遠くの岸を見て呼吸をする、人影が見える、祖父であろうか、また水面に顔をつけ、泳ぐフォームは爛漫に浜辺にゆっくりと近づいていく。浅くなってようやく顔を上げた、長い髪の毛が頬に張り付く、リボンはきちんと腕で大人しい、雨のしぶきがまぶたに落ちた、人影が笑った。
「何してんすか」
「や、ちょっと祝ってもらいにさ」
「スーツびしょ濡れっすよ」
「ワンピースで泳ぐ子に言われたくないなあ」
ざあざあ絶え間なく雨が降っていたので、浜辺はどこもかしこも濡れていた。だから雨を口実にして、二人とも下着まで濡れていれば、この人を抱き締めるのにも、頬を濡らすのにも躊躇はいらない。
私は抱き締めたかったのか、抱き締められたかったのか、いずれに違いなどありはせぬのだ。