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世界一美しい死顔でした

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もし円堂くんが居なくなってしまったら俺は迷わず死ぬんだろうなあ。円堂くんにとってサッカーが人生そのものであるように、俺にとって世界は円堂くんそのものなんだ。風丸くんにはそれができる?円堂くんの為に死ぬことができるの?
「できるさ、おれだってアイツが居ない世界なんて御免だ」
ふうん。本当に、本当にそう?






円堂守が死んだ。
あまりにも現実味のないそのことばをおれは最初信じなった。信じろというほうが無理なのだ。円堂という男はあまりにも死などの鬱蒼とした孤独とはかけ離れた存在であるのだから。円堂は明るい光に包まれた、太陽の下で笑っている存在であるべきだ。実際そうであることは、彼と付き合いの長い自分には痛いほどわかっていた。
電話を通して伝えられたその情報は、どうも無機質で現実味を帯びない。でも通夜に足を運んでみて、中学時代のサッカー部の顔が揃いもそろって暗い顔で黒い喪服に身を包んでいるのと、あの木野が一目も気にせずうずくまってずっと泣いているのを目の前にして、急にそれは現実味を帯びてきてしまった。彼女は長年の片想いが叶い、先月円堂と婚約したばかりなのだった。
「嘘よ円堂くんが……こんな…交通事故でなんて…嘘よ嘘よお…」

こんな現実、みたくなんかなかった。






その三日後におれは一本の電話により基山ヒロトが飛び降り自殺をしたことを知る。基山が円堂の後を追って死んだ。それは円堂の死よりもずっと生々しく、ずっと鮮明で、とても想像が容易いことだった。
中学生の頃、おれと基山は円堂がすきだった。基山は自分を闇から引きずり出してくれた円堂を神のように崇め、尊敬した恋をしていた。いや、あれはとても恋と呼べるものじゃなかった、と思う。基山の円堂を見る目は本当に信者が神を見るような彷徨とした目なのだ。それでありながら彼が性的な対象として円堂を見ていることは明確で、おれは古くから見守ってきた幼なじみが視線によって汚されている気がして不愉快極まりなかった。同じチームのプレイヤーといえど当時恋敵だったおれと基山の関係は壊滅的である。おれはとにかくその円堂を見る色を含んだ目と、甘ったるい猫なで声が嫌いで嫌いで仕方がなく、出来ることなら彼を殺してしまいたかった。

狡い。
基山は本当に命を捨ててしまった。円堂の居ない世界に早々と見切りをつけて、彼のもとへ堕ちていってしまった。あの時言ってたことは偽りなんかじゃなかったのだ。
狡い。
円堂は木野と婚約までしていて、円堂は円堂の幸せがもう既におれたちの想いとは別の場所にあって、基山は円堂と付き合っていた訳でも、ましてや気持ちを伝えた訳でもないのに、それなのに。あれからもう10年も経っているのに。おれは円堂に木野との交際を告白された時に無理矢理自分を押し殺したというのに。アイツは本当に、狡い。
狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い!

「おれだって…」
鼓動と共に早まる足は自然と基山の自殺の現場へと向かっていた。町外れの小さな廃ビル。昔住居地だったらしくほんの微かに人間が生活してた跡が伺える。学生の頃はよく肝だめしなどで真夜中に友人達と来たものだ。先日の事件のせいだろう、入り口には立ち入り禁止のテープがしっかり貼られていたが、もう日も暮れる時間帯なので人影は見当たらなかった。おれはそれを潜り抜けて中に入り込む。
雨の降った後のコンクリートビルはひんやりと、それでいて何処かジトジトとしていた。硝子の外された窓枠から入ってきた雨水のせいで階段をかけ上がるとピチャピチャと水音が建物内にこだまする。基山もこの階段をその足で登ったのかとぼんやりした頭で考えると意識せずとも早足になるのだった。
立て付けの悪い鉄の扉を開けて屋上へと出ると、雨上がりの空の茜色と、眼下に広がる雷門町が視界一杯に現れた。古い廃墟に手すりなどの細工がされている筈もなく、空へと一歩踏み出せば一瞬で落ちていける。そう、円堂の元へ行けるのだ。
(もし円堂くんが居なくなってしまったら俺は迷わず死ぬんだろうなあ)
「俺だって」
おれはゆっくりとその生と死の淵に立った。下を見下ろすとあまりの高さに目が眩んだ。
(風丸くんにはそれができる?円堂くんの為に死ぬことができるの?)
「俺だって…」
手が、足が、震えてしまう。ひゅうひゅうと下から吹き上げる風が一つに束ねた髪を乱暴に揺らした。
「…俺だって死ねる!」
脳内で反芻される学生時代の基山の言葉を打ち消すように叫んで、一歩前に乗り出した。身体がゆっくりと前のめりに傾く。風が、空気が、やけに生温かった。






(ふうん。本当に、本当にそう?)






「うわああああああああああああああああああ、あああ、ああっ、ああ、」
叫びと共に込み上げる吐き気を我慢しきれずにおれは胃の中のものを吐き出した。もっとも、円堂が死んでから食べ物なんか食べてなかったので口から出てくるのは苦い胃液だけだった。
馬鹿野郎!弱虫野郎!クズ!自分を罵る1000の言葉が浮かんでは消えた。どれも、口に出して言う勇気はない。
「………最低だ」
しにたく、ないなんて。しぬのが、こわいなんて。
大粒の涙がぼたぼたと頬を伝った。とまらない。口の中が苦い。とまらない。あああ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
「いやだ…円堂、おれ、死にたくないんだ、お前を追いたいのに、ほんとに追いたいのに…!好きなんだ雷門町が、こんなおれをすきだといってくれるひとが、いるんだ……いるんだよ畜生…」

コンクリートで出来た床に力なくうずくまっているような自分には、何もかも足りてなかった。迷うことなく死んだ基山にとって、本当に円堂は嘘偽りなく世界そのものだった、それだけだろう。

結局おれは、最後まで基山に勝てなかったのだ。



(きみのためにしねる幸運をすべてのかみさまに感謝します。ぼくはいま生きてきていちばんしあわせなんだよ円堂くん。やっとふたりきりになれるね。いますぐあいにいくからね)
作品名:世界一美しい死顔でした 作家名:三村