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ドーナツの中の出会い

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この来良学園は池袋に創設された私立のマンモス校である。
この少子化の時代にも関わらず、1学年400名は超える生徒が在籍している。
その中で、もっとも有名な2名の生徒がいる。

1人は――

「平和島静雄?」
「そう!そうなんだ帝人。ぜーったいに関わるなよ!?関わっちゃダメだぞ!?」
「そう言われても・・・」

本日付で転校してきた2年生、竜ヶ峰帝人はその純朴そうな表情に呆れを滲ませていた。
それもこれも幼馴染であり、この来良学園に転校することになったきっかけでもある紀田正臣の異様なテンションにである。

「俺だってさー、お前はこういう非日常が大好きだから、どこかで関わっちまう気がするんだよ。でも危険だから!ホントにマジでとんでもなくヤバイから!!」
「だから危険だって言われても具体的に何なの?」

こてんと首を傾げながら廊下を歩いている2人が向かっているのは購買だ。
クラスが離れてしまったため、登校時は一緒だったがようやく昼休みになって話す機会ができた。
そこで正臣はこの学校で『決して関わってはいけない2人の人物』について、この学園初心者の帝人に説明していたのである。
が、世の中は広いようで狭い。
とくにこんな学園の中では。


「てめぇ人にぶつかっておきながら、ふざけてんじゃねぇぞぉぉぉっ!!!」


まさに咆哮と言わんばかりの声量だった。
少しだけ窓ガラスが震えた気がする。
帝人が慌ててその発生源のほうへ目を向けると、大勢の生徒たちがドーナツ状に広がっている。
その中心に立っているのは鮮やかな金髪の目立つ、とても背の高い男子生徒だった。
遠目にもその米神に青筋が浮かんでいるのがみえる。
呆然とする帝人の横で、「あっちゃぁ・・」と正臣がつぶやいた。
そして帝人の耳元に顔を近づけると、声を抑えて囁く。

「あの人が平和島静雄、3年だ。見ての通り危険だろ?」
「で、でも何があったのか・・・」

もう少しよく見ようと、少し背伸びをする。
するとドーナツ状の人垣の中に、平和島静雄とは別の男子生徒が座りこんでいるのが見えた。

「そりゃ昼飯買いてぇのはわかる。腹だって減ってる。けどなぁ、人を押しのけて買うのは正しいのか?女突き飛ばして行くのが褒められる行動か?人に肘鉄くらわせといて邪魔だって言いやがったな・・・ならてめぇも俺から肘鉄くらっても文句言わねぇよなぁ?」

ぶつぶつと独り言のように呟きながら、座りこんで震える男子生徒に近づく。
哀れにも、静雄の近づいてくる姿に「あ・・あ・・・」とすでにうめき声しか出せない状態になっている。
ズン、と一歩近づくごとに周囲の生徒たちも逃げるようにその場を後にする。
もし静雄が近くにある何かを武器にしたら、確実に巻き添えを食らってしまうからだ。
こういった時の対処は、入学した時から生徒たちは学んでいる。
が、この場にそれを知らない生徒がいた。

「お、おいっ、帝人!」

場を離れようとする生徒たちは逆方向――、つまり静雄のいる方向へ帝人は歩き出した。
慌てて正臣が肩を掴んで引き留めようとするが、逃げる人々に巻き込まれ手を弾かれてしまう。
帝人は器用に生徒たちの間を抜けると、今にも男子生徒に殴りかかろうとしている静雄に向かって


「ダメですよ、暴力は」
「・・・あぁ!?」


まるで近所の子供が花を折ろうとするのを押しとどめるかのように、気楽に声をかけた。
今にも人を殺しそうな眼光の静雄が帝人のほうを見るが、それも意識しないかのようにとても自然に。


「人を殴るのはいけないことです。その人も悪いことをしたみたいですが、それでも人を傷つけるのはいけないことです」


とても真っ当な意見だった。
あまりにも普通に話しかけられたせいで、静雄の手も思わず止まる。
その隙に座り込んでいたはずの生徒が、「ひぃっ」と小さな悲鳴を上げながら、這いつくばりながら慌てて逃げ出した。

「あっ、おいってめぇ!」

その襟首をつかもうと静雄が手を伸ばすが、その手を帝人が両手できゅっと握った。

「っ!?」

静雄の武骨な片手が、少し柔らかい小さな両手で包まれる。
その初めてにも近い感触に、ビシリと体が硬直した。

「な、な・・・・っ!?」
「いけません。もうあの人も十分反省してます」
「あ、いや、その・・おまえ・・・」

顔を真っ赤にしてしどろもどろに話す静雄に、帝人はこてんと首を傾ける。
その所作に、ますます静雄は体を固まらせる。
もう暴力を振るう気配がないことに安心して帝人はにっこりと笑った。

「僕は竜ヶ峰帝人です。はじめまして」
「あ・・・お、俺は、へ、平和島・・静雄だ」
「はい、よろしくお願いします。平和島さん」
「う、あ、いや・・し、静雄でいい」
「はい!僕も帝人って呼んでください」
「み・・・・みか・・・・・」
「はい」
「み、み・・・みか・・っ!」

ブルブルと震え始めた静雄に、心配になり帝人は一歩近づいた。
もう2人の間は30cmもない距離になる。
胸元から上目遣いに見られるその姿に、近さに、静雄の限界はピークに達した。

「み・・・・うぉあぁぁああっ!!!りゅ、竜ヶ峰ぇええぇぇぇぇっ!!!!」

自らの名字を絶叫され、元から大きな目をさらに見開く帝人を置いて、静雄はその手を振り払い全力疾走で廊下を走り去って行ってしまった。
後に残されぽかんとする帝人の肩に手が掛けられる。

「あ、正臣」
「みかどぉぉーーっ!!お前はなんっでそうデンジャラスゾーンへ自ら踏み込むんだあぁぁっ!!お前ってやつは・・お前ってやつはーー!」

ガックンガックンと両肩を掴まれ前後に振られる。
揺さぶられながら帝人も小さく反論する。

「別に大丈夫だったじゃない。あの人だって悪い人じゃないよ、悪い人があんなに顔に感情出るわけないよ」
「わっかんねぇだろ!?それに悪意なく物とか人とかあっさり壊しちまう人なんだって!」
「うーんでも悪意がないなら、反省の余地は十分あるかなって・・・」
「聖人君子かお前は!!」

キレながらも、最終的には「よかった・・無事でよかった・・・」と半泣きで抱きついてくる正臣の頭をよしよしと撫でる。
帝人も正臣も気付いていなかった。
ここは昼休みの購買である。
マンモス校であるこの来良学園において、1日でもっとも人が瞬間的に大量に集まる場所である。
先程の事件によって人は減っていたものの、それでも遠くから多くの生徒がこの光景を見ていた。

そのため、『平和島静雄を2年の転校生が倒した』という不当な情報が、校内をかけめぐるまであと少し――
作品名:ドーナツの中の出会い 作家名:ジグ