あださゆで花火
「花火?」
「そう。バンドの友達に誘われたんだけど、どうかな?」
「赤井君?」
「吉田は彼女と遊びに行くらしいから来ないけど……ほら、前に少し話しした同じ系列でバイトしているギターの佐藤っていう」
「良いけど……この時期、どこも人はいっぱいよ?」
「周りに家もないし人通りも少ないからここの近くの公園でやろうと思っているんだけど……?」
「あそこは今の時期は夜になると人がいっぱいいるわよ?」
「……とにかく、行けるってメール返しておくよ……」
事の発端は佐藤からのメールだった。
『花火するから付き合え』
『こっちも人を連れてくからお前も連れて来い』
『吉田は一身上の都合で来ない』
最初のメールを読んだ時は珍しいと思ったけど、二通目のメールで何となく事情が分かった。
直接訊けないから憶測だけど、彼女が花火をしたいって言い出して、人数がいた方が楽しいと思って声を掛けてきたのかなって。
根拠と呼べる程じゃないけど、付き合い始めの頃に少しだけ佐藤から聞いた事がある。
名前は確か轟さんだっけ、フロアチーフをしていて、フワフワしていて、多少人見知りなところがあると。
『分かった訊いてみる』
『大丈夫だって。あの公園で良いかな?』
『吉田に訊いたら彼女と遊びに行くって言ってた』
どんな人か見てみたいっていうのもあったし、勝手な気遣いかも知れないけどその轟さんの人見知りの部分が改善されればいいなって。
何よりも最近あまり村主さんと出かけたりしていなかったし、村主さんももし轟さんと友達になれたらいいなって。
そんな理由もあって、村主さんが良いって言っているからには俺に断る理由もないしOKした。
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「よう足立、待たせてすまなかった」
「俺達も来たばっかりだから」
ラストまで入っていた俺達は遅れたと思っていたけど、公園に着いてもまだ佐藤達は来ておらず、やや遅れて来た。
佐藤達は離れた場所から車で来るから、同じようにラストまで入っていたら遅いのは当たり前か。
佐藤と俺が挨拶を交わしていると後ろの方から誰かが、佐藤に隠れるようにやってきた。
「あ、あの潤君。私……」
「いつまでも隠れてんな」
「でも……」
この人が佐藤の彼女か。確かにちょっとフワフワした感じかも。潤君なんて呼ばれているのか佐藤の奴。
初めて見た感想が何個か浮かんでくる内に、村主さんがどういう反応をしているのか気になって恐々と横目で見てみた。
一応ここに歩いてくるまでに説明はしているけれど、もしかすると嫌だったりしないかな……
「刀……」
「ですよね……」
「鎌倉さんのは見てるし持った事もあるけど、外で普通に帯刀されてると困るわよね」
「はは……俺もそう思ったよ……」
「安心して足立君。あの刀はまだ使わないから」
「まだって!? いずれはあの刀で俺を刺すの!?」
「だって初対面の人には流石に借りられないわ」
「そこの問題!?」
「うるさいぞ足立」
「そうよ足立君。もう人が結構いるから静かにね」
「そこ!? というか佐藤も止めてくれよ!」
ある意味いつもの俺達のやり取りに介入してきた佐藤にまで突っ込んでしまった。
落ち着きを取り戻してくると轟さんが佐藤に隠れずにこちらの様子を窺っているのが見えた。
きっと佐藤が何か言って聞かせたんだろう。そう考えると佐藤もやるよなぁ。
そう言えば俺達はまだ自己紹介もしてない。
俺にとって轟さんは友達の彼女くらいの認識だし、轟さんと村主さんにとって俺達は彼氏の友達とその彼女でしかないのか。
「ああそうだ。自己紹介くらいはしておくか。いいだろ足立?」
「う、うん。そうだね。初対面だし」
「よしじゃあお前からな」
「お、俺から……?」
「良いじゃない足立君。一番よ一番」
「そうだぞ足立。最初だから目立つし景気良く頼んだ」
………………
…………
……
「あ、足立……正広……二十歳です……」
負けた……
二人ともひどい……まさか佐藤と村主さんにこんな風に弄られるなんて……
「じゃあ俺だ。佐藤潤。二十歳」
「えっと、轟……八千代です。二十歳です。今まであまり同年代の人と友達になった事がないのでちょっと緊張してます……」
やちよさん、二十歳か。うちもそうだけどそれくらいの年齢の人って多いのかな?
この四人では村主さんだけ誕生日が遅いのか。
「呼び方、轟さんで良いかな? 俺の事は足立で良いから」
「じゃあ足立君で……」
「歳が同じくらいだと名字に君付けなんだよ。良いか?」
「俺は構わないけど……」
轟さんが普段からそうなら俺は良いんだけど、と村主さんの顔色を見てみると……
「どうしたの足立君? 私は何も思ってないわよ?」
……また微妙な事になってる……
その人の呼び方とは言え、彼女と同じ呼び方はやっぱりマズイよな……で合ってるよな? 自惚れじゃないよな?
……後でフォローしておこう。
「つ、次は村主さん!」
「村主さゆり、同学年ですがまだ十九歳です」
「何て呼べば良いかしら……?」
「何でも良いですよ」
「ええっと……」
この後俺は、フォローとかそんなのじゃ済まないレベルで氷風呂かドライアイスまみれかを選ぶはめになる。
でも考えように依っては例のダイナマイトスマイルよりも貴重なあんな顔の村主さんを見れたんだから、とも思う。
「さゆりちゃん!」
「え、は、え? 佐藤?」
「あー年下はそんな感じで呼ぶんだよな」
「足立君……」
「ごめんなさい村主さんごめんなさい!」
「ねえ何で謝るの? 私のさっきの呼ばれ方をされた時の顔が面白かったから謝っているの?」
「違うから! 違うから!」
「ね、ねえ潤君、私、マズイ事しちゃったかしら?」
「ん? 大丈夫だろ。足立が何とかするさ」
言った轟さんと佐藤を尻目に俺は村主さんの攻撃から自分の身を守っている。
誰かが悪いわけじゃないし、轟さんも悪気があって言ったわけじゃない。
この理不尽な攻撃も村主さんの照れ隠しだと思えば何とか……
だけどちょっと悔しいかな。
俺が俺自身でいつか見つけたかった村主さんのあの表情を、轟さんはいとも簡単に引き出してしまったのだから。
佐藤は煙草を吸いながら傍観を決めこんでいて。
轟さんはその佐藤にオロオロしながら寄っていて。
村主さんは指で俺の脇腹や背中を突付いてきて。
そう言えば花火はまだ始めないのだろうか。