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実は寝たフリをして待っている

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それは何でもない事だ。
 目の前で人が寝ている。
 休憩室のパイプイスに座って、体は机に寝そべりながら寝ている。
 本当にただそれだけの事だ。
 
 なのに、胸の鼓動が高まり、緊張し、動揺してしまうのは何故だろう?
 唾液を飲み込む音が、薄っすらと掻く汗が、伸ばしかけた手が、全てが自分自身じゃないような気がするのは何故だろう?

 撫でたい。
 撫でてしまいたい。
 短い髪をピンで留めたその頭を。

 触れたい。
 触れてしまいたい。
 安らかな表情で無防備に眠るその顔を。


 前回は途中で目を醒ましてしまい、しばらく出勤しない事態にまでなってしまった。
 それを踏まえて反省した結果、三つの事が解った。
 正確には解った事が一つと解らなかった事が一つと未だに解らない事が一つ。

 解った事。
 猛獣を手懐けた気分になってしまい、調子に乗ってしまった事。
 
 解らなかった事。
 何故、起きるまで撫でていたのか?
 
 未だに解らない事。
 何故、撫でてしまったのか?


 目の前で寝ている人を時に犬に喩えてきたのは認める。
 その喩えを盾に今まで湧き上がってきた様々な感情を抑えてきたのも認めよう。
 だから解らなかった。
 いや、だからこそ解らなかったのかも知れないな。
 一人の人として意識して、起きるまで撫でていた事を。

 それを踏まえて考えると。
 未だに解らない事、何故、最初に撫でようと思ったのか、に説明がつかない。
 寝ている時は殴らないのか? という理由は本当に本心だったのか?


 そうだとしたら人として意識している他にどんな感情を俺は伊波さんに持っていると言うんだ!


 熱くて寝苦しいのか、顔を赤らめながら眉間に少し皺を寄せて眠る伊波さんの頭上で所在なさげに手を浮かせたまま、俺の葛藤はまだ続く。
  

「……早く撫でてよ小鳥遊君……」