竹中君と片倉君
「どうして片倉君はさ、政宗君だったんだい?」
かつん、と脇にさした刀が背を壁に預けた反動で鳴った。
僕が大阪に連れてきた男、片倉小十郎は先程から無視を決め込んでいて、言葉ひとつ返さない。
怪我の手当にしても、食事の供給にしても、常に一悶着で、なかなか面倒な客人である。
信頼がないのはまあ、仕方がないことではあるのだが。
「この戦国乱世、君が仕えられる武将はいくらでもいる。独眼竜ぐらいの器を持つ人間だってたくさんいる。君自身だって一国一城の主の器だろう。男たる者、天下を目指す、とはどうしてならなかったんだい」
片倉君は何も答えない。返ってくるのは瞠目と殺気のみ。
「それとも、君は誰かを信じなければ立っていられない人間だからかな」
「本当は、野菜だけ育てていられればいい、とか」
「政宗君がいなくても、でも君は誰かに仕えていたと思うんだけど」
片倉君は自分で自分に言い聞かせてるだけ。だからいちいち刀に刻んで人に言いふらして、見せびらかして、「竜の右眼」として自分を作ってきた。
違うかい?
悪いことだとは思わない。誰にだって理由は必要だ。
「そこまで分かっていて、なぜ諦めない。繰り返すが、政宗様以外に俺は今生仕えない」
政宗あっての「片倉小十郎」。ようやっと口を開いた片倉君の言葉は今までと同じ繰り返し。
「そうだね、でも僕には僕の事情があるんだ」
そして君は聞いたら揺れる。そういう君の隙を、僕は悪いけど利用させてもらう。人の機微を読むのは得意な方だが、僕にとって、特に片倉君は分かりやすい。同病相哀れむ、というやつだ。
「仮定の話をしようか」
僕は切り出す。
「もしも、君の時間があと少ししかなくて、政宗君一人に後を任せねばならない時に、自分と良く似た意思と力を持った男を偶然、見つけたら君はどうする?」
片倉君は黙ったままで、返答はない。察しのいい彼は、多分僕の言わんとすることを理解したのだろう。
しばしの沈黙ののち、どうだろうな、とつぶやくように片倉君が口を開いた。
「少なくとも、政宗様の名を汚すようなことは、俺は絶対にしねえ」
鋭く開いた両眼に睨まれる。名誉とか義を考えると、秀吉には確かに申し訳ないことを僕はたくさんしている。
「逆の仮定をしてみろ。お前に秀吉以外、があるのか」
ないね。僕は心の中で即答した。表面的には口の端をつり上げて。
「だから、諦めろってんだよ」
投げ捨てるように、けれどどこか困ったように片倉君はそう言う。ひとつの動揺、今はそれで十分だ。現時点で、君が拒絶し続けるのも分かっているよ。
でも君とは違う僕の事情は、やはり僕にこう言わせる。
「秀吉の下で働いてくれないか」
僕は僕がいなくなった後を見ながら、彼を言葉で縛っていく。
平らな日の本の維持を、人々の安寧を見たとき、君の天秤が傾くように、重しを今から少しずつ乗せておく。