リデルの悲しみ
そういえば、僕だけバッドエンドだなぁなんて、恐ろしい事実に気付いて一口コーヒーを啜る。脚を組んだ先には彼が居るが、感傷に浸れるうちは浸っておきたいものだ。今はどこも静かだ。重要なのはそれだけだ。
近頃彼はよく僕に囁く。
それはとても似合わない動詞で、しかしいつもとどろかせているような声を僕の為に密ませているのは、そうとしか表せない程胸の痛む光景だったから僕はとても幸せだと思った。彼は僕を愛しているなんて言う。僕は躊躇いながら返事をする。僕も、だなんて。
僕はこういった事はとても
悲しいことのように
思うよ。
竿を失くした釣師、嘘を忘れた詐欺師がどれほど滑稽かではなくて、その二つどちらも贋物でしかないということを少し前から知っていたから。間違いなく僕は人より嘘吐きな人間ではあっただろうけど、今の僕はそれを引き伸ばした影だ。単色の影。それは彼だって同じ筈なのだけれど。
(意外と損な性分なんだね、僕は)
不幸せな奴よりも、不幸せな事を嘆く奴の方が不憫だ。つまり僕だ。良くない予感をひとつひとつ彼に否定して貰いたがっている。こんな甘えが許されて良い筈がないのに、同情なんて欲しい筈がないのに、僕は彼が起きるのを待っている。つまらないことばかり考えている。
(楽観的観測その1:
もし元の人間に戻ったとして、僕は今の僕を笑うかな)
(悲観的観測その1:
このまま消えるなら、僕たちの恋とかキスは本物になるのかな)
線路の継ぎ目は色々なものを遮るように車体を揺らして、彼の斜めになっていた頭をはずみで机に打ち付けた。派手な音、よく響く。
「おはよ、きんちゃん」
「あ゙ー…おはようさん」
「夕方だけどね」
ふふ、と笑ってみる。ああ、以前僕は一体どんな風に笑っていたのか。忘れたのは誰の要らぬ優しさだろうか少しは似ているだろうか以前というのは彼に会う前かその後かもっと前だろうかその笑み方でも彼はこんな風に見つめてくれるだろうか、!
彼は愛しているなんて言う。この僕を。ありがとう、僕もだよ、でもどうしたらいいんだろう
悲しくて仕方ない、よ
(偶像でしかない自分をこんなにも愛されてしまった悲しみ)
(幸せで仕方ない男の高慢な悲しみ)