優しい掌
他人の温もりを手にできる日が来るなんて思っていなかった。幼い頃から同級生たちは静雄を遠巻きに眺めていたし教師でさえ腫れ物に触るように接してきた。だから静雄は自然と学習した。自分は人と交わってはいけないのだと。この力は他者を遠ざけそれでも近付いてくれた者を傷付ける。幽だって、幼いときは傷が絶えなかった。自分を慕ってくれる弟を静雄自身が傷付けてしまうのだ。
それでも、静雄を抱きしめてくれたのがトムだった。大丈夫だと撫でて、簡単には壊れないと笑って、静雄が拒もうとしても頑ななまでに傍に居続けた。
本当は怖かった。逃げ出したかった。トムを傷付けるくらいならさっさと消えたいと本気で願っていた。そのはずなのにトムはするりと静雄の心の空白に入り込んでしまって取り出せなくなった。いつしか静雄の一部となって胸の奥に柔らかく息づいていた。
それに気付いたとき、静雄は諦めた。観念してトムが傍にいるのを受け入れた。すると不思議と楽になって、トムの腕の中にすっぽり収まっていた。彼は静雄を甘やかして、傷だらけで固く凍った心を溶かしていった。求めた温もりはいつだってどこかにあったのだ。それを無視して拒んだのは静雄自身で、それを知ってしまったら涙が止まらなかった。暖かくて優しいものはいつだって近くにある。長い時間がかかったけれど、それを気付かせてくれたのはトムなのだ。
静雄は今日もトムの腕の中に囲われて、今まで通りすぎてきた優しい掌を思った。目を閉じる、それだけで胸がじんと暖かくなる。