手のひら
目の前の無機質な箱の中に置かれた中身のない人形を夏野は凝視する。
これは何だろう
「・・・徹ちゃんの抜け殻だ」
親しくなるつもりなんてなかった
強引に繋がれた優しい手のぬくもり
「おまえんとこの親から聞いたぜ 夏野」
太陽の日差しの中、差し伸べられた手の温かさ
全てが眩しく温かかった。
でも、繋いだ手は突然離れていった。
するりと離れていく、遠くへ・・・遠くへ
「肝心の徹ちゃんはどこに行っただろうな」
・・・徹ちゃん
軽くなった手のひらを見つめる。
人はなんて自分勝手な生き物なのだろうか
勝手に中に入ってきて、勝手に去っていく。
おれの声が聞こえていたらどうか返事をしてくれ
まるで陽炎のような叶わないとわかっていても声に出さずにはいられなかった。
「肝心の徹ちゃんはどこに行ったんだろうな 探す方法があればいいのにね」
誰に言ったわけじゃない
おれ自身に言った。
空っぽの人形は小さな箱の中に納められ黒い服を着た来訪者達が順々に献花を捧げる。
何度見ても慣れる事のない吐き気のするような気分だった。
夏野はそれでも冷静だった。
頭は常に冷静で何処か他人事のような感覚
完全に沈みきらない太陽が少し眩しい
誰もいない田舎の小道を進む夏野の足取りはどこか重い
夏野。
「だから!おれを名前で呼ぶな、って・・・」
振り返る。声が聞こえたんだ。
今となっては懐かしい声が・・・
振り返っても、誰もいない
誰も・・・
遠くで老人が畑の作物にホースで水をやっている。
ホースから放たれた水はキラキラを太陽を反射して眩しい
この道も徹ちゃんとよく一緒に通った道
一緒に歩いた道
そこにはその声の主はいない
おれより先に徹ちゃんは村を出て行ってしまった。
綺麗な抜け殻を前におれは泣けなかった。
こころが叫ぶ
悲鳴をあげる
それでも、夏野は冷静だった。
冷静を装うことしか知らなかった
夏野は手のひらを見つめ、ぎゅっと握りしめた。
ああ、おれは泣き方を忘れてしまったんだ。
なぁ、徹ちゃん
・・・徹ちゃん
空っぽの手のひらが小さく震える。
泣き方を忘れてしまった小さな肩が小さく震える。
細い道路を歩きながら夏野は重い足を前へ前へと機械的に動かした。
いつも歩いていた歩き慣れた家までの何もない細い道のりがとても長く感じた。
隣りにいた。
握った手のひらが今は軽く、風が吹き抜けた。
そして、夏野の隣りに今は誰もいなかった。
作品名:手のひら 作家名:peso@ついった廃人