恋愛生活
季節はすっかり秋から冬になった。
カラフルなハロウィンの飾り付けが姿を消すと、今度は真っ赤なポインセチアの葉が目立つようになる。鮮やかな赤い葉に覆われた植木鉢が立ち並ぶのを見て、世良はクリスマスが近いことを意識し始めた。
この前のハロウィンは、調子に乗って堺を怒らせてしまい失敗に終わった。次のイベントはクリスマス。次こそは成功させよう、と世良はクリスマスのムードに盛り上がる街を一人歩く。クリスマスと言えばサンタとトナカイ。そしてプレゼントだ。
明るいクリスマスソングを聞きながら、堺が喜ぶものは何かを考えるようとする。しかし、考えれば考えるほど思い浮かばない。
堺は一体どんなものを好み、どんなものを喜ぶか世良は思い描けなかった。
相手は別段に好みにうるさいわけではないようだが、世良の目からすると服装や小物はこだわりを持っている「かっこいい大人」である。
派手なことを好まないが、シンプルにまとまっている普段の堺のスタイルを見ると、気の利いたものを用意するということが途方もなく難しいように思えた。
だからと言って直接本人に「何が欲しいですか?」と、訊ねる訳にもいかかない。
仮にそう聞いたとしても「気持ちだけで十分だ」といつも自分に向けて口にする言葉が返って来そうな気がした。
堺は、自分をまだ子供だと思っている部分があるのか、あるいは過去の恋愛経験で大抵のことをし尽くしてしまったのだろうか。世良が何かしようする度に淡白な態度を示す。
本当に興味がないのか、実は照れ隠しなのか世良には未だ判断がつかない。そして、何かにつけて「気持ちだけで十分だ」と、言って世良を先に進ませてくれない。
しかし、自分は彼の恋人なのだ。黙って恋人の喜ぶものを用意したい。
世良は堺のことを過大評価しているのか、ただ単に自分にセンスがないのか。あるいはその両方なのか、どうしても堺が喜ぶものが思いつかずに今日に至る。
純粋に世良は驚いたり喜んだりする堺の顔が見たいのだが、それはかなりと難しい注文のようだ。
「駄目だ。マジで何が良いのか分からなくなってきた」
世良は一人、頭の中で弱音を吐くとぼんやりとショーウインドウを眺めながら当てもなく歩き回った。 その中でふと高級ブランドのアクセサリーが目に入って来る。キラキラと輝く宝石を見ると単純な世良は、思い切って指輪はどうだろうか、と考えた
なかなかいいアイディアかも知れない、とニヤニヤした顔をしてアクセサリーを見入る。
二人でペアリングを嵌めた場面を想像しようとしたが、喜ぶ顔ではなく難しい顔をした堺がラッピングされた小さな箱を見るなり「これはなんだ?いらないぞ」と、せっかくのプレゼントを開けることなく突き返すところが頭に浮かんだ。
やはり、小さな箱では警戒されるかもしれない。世良はそう思い返すとブレスレットはどうだろうか?と、一人想像をめぐらせた。これならば、堺が身につける可能性が高そうだと世良は思った。
しかし、堺の手首には常に高そうな腕時計が収まっている。本人が気に入って身につけている腕時計に対して勝てそうなブレスレットやバングルとなると、世良の収入では追い付きそうもない気がして途端に背中に冷や汗をかいた。
何故か悲しくなるほど喜ぶプレゼントが思いつかない。
自分自身で勝手にハードルを上げているような気がしないでもないが、恋人には思い出に残る素敵なものを渡したい。二人で過ごす初めてのクリスマスなのだから、これまでの人生で一番の思い出に残るくらいのクリスマスにしてみたいと思う。
世良はそう心に決め、常に自分の傍にいて笑ってくれる堺の表情を思い出す。
堺は世良に多くを求めない。ただ、一緒に過ごす時間を大事にしてくれている。常日頃、自分に向けて堺が口にするのは「気持ちだけでいい」という言葉だ。そうではなく何か形で堺に対して自分の思いを示したいのだ。
そう考えながら一人、町の中を一人歩いていると北風が身にしみて寒い。慌ててアーミージャケットの襟を立てると少し背中を丸めていると少し情けない気持ちになってきた。
こんなに寒くなったのにマフラーを巻き忘れて出かけてしまった。風邪をひいたらどうするのだ。きっと、堺から「プロ意識が低い」と、叱られてしまう。
世良は反省しながら好きな人へのプレゼント一つ決まらない想像力と決断力。そして、財力の無さを覚えると余計に北風が身にしみた。
「くっしゅん」
小さなくしゃみをすると「マフラーでも買おうかな」と、小さく独り言をつぶやき一人、帰路に着く世良だった。
ここ数日、世良の様子がおかしい。普段、読まない傾向のファッション誌を必死な顔で眺め、勝手に人のパソコンをいじって何か調べている。
「なにをしているんだ?」
不思議に思い声をかけると世良は慌ててパソコンから顔を上げる。
「内緒っす。秘密っす!」
そう言って逃げてしまった。堺が止める間もなく、世良は立ち上がるとリビングから駆け出しトイレへと逃げ込む。
バタン、というドアの閉まる大きな音を聞いてしばらく出て来そうもないな、と堺は思った。
それよりも「内緒。秘密」と、いう言葉を聞いて不審に思い先ほどまで世良が使っていたパソコンを見ることにする。世良は、使用した後きっちりとインターネットの履歴を消していた。近頃、妙に知恵が回るようになった、と堺は苦笑を覚えた。
世良は一体どうしたのだろう。堺は、首をひねりながら考え込む。ふと、壁に貼ってあるカレンダーの日付を見て合点が行った。
「もう。そんな季節か」
トップページに設定してあるサイトにはすでにクリスマスの特集ページが大きく掲載されていた。
年下の恋人は、自分になにか形に残るものを送りたいと考えていることに気付いた。愛情には値段が付けられない。形に残る何かで思い出を残したいと言う純粋な気持ちが愛しいと思った。
世良はイベント事が好きらしい。何かある毎に計画を立てて楽しみたい傾向があるようだ。
そう言えば。この前のハロウィンでは遠征先で世良は無理に部屋にあがりこむと堺の寝入り端を襲おうとした。
と、言っても無理に飴玉を口移しでよこしてきただけだったが、驚きと羞恥で思わず蹴飛ばしてしまった。
悪気のなかった世良に対して少し悪いことをしたが、冗談でも襲われたことに対しての抵抗なので不可抗力と言うことにしておきたい。
その前に自分にはクリスマスよりも何かすることがなかったか、と堺はなにか引っかかるものを感じた。とても大切なことが頭から抜け落ちているような気がした。
それよりも一人勝手にクリスマスに向けて盛り上がる世良が心配だ。変な方向に暴走しないといいのだが、と一抹の不安を覚える。
「何かして欲しいわけじゃねえんだけどなぁ」
堺は一人つぶやくと窓の外を見る。北風がすべての雲を吹き飛ばしてしまったようで東京の空はどこまでも青く広がっていた。
しかし、空模様と違って心はどこか晴れず、はっきりとしない気持ちが胸にわだかまっていた。
(To be continued…)