Perfetto rosso e Azzurro
地元商店街の呉服屋が提供した浴衣を見て堺は憮然とした顔で腕を組む。
夏は祭り。そして、祭りには浴衣かも知れない。思わず連想ゲームのようなことを考えてしまった。しかし、男ばかりで着て何が楽しいだろうか、と首をひねる。堺は目の前にずらりと並んだ帯や浴衣を無感動に眺めた。
今年の夏祭りに合わせてポスターを作るまでは我慢した。しかし、その祭りの当日に再び着る羽目になるところまでは考え付かなかった。まさか、試合のない日にその祭りが行われ、イベントと称してこのように駆り出されることを想像していなかった。
堺自身はチームの為になることならば嫌な顔をせずにいたいところだ。しかし、このようにサッカー選手がサッカーのユニフォーム以外の姿になって人前に出ることに対して、少々の抵抗感を持つ。ユニフォーム姿ではない写真を撮られることはあまり気分の良いものではないが、今回のポスターはぎりぎり我慢の範囲だった。
人前で話をして愛敬を振りまくことが苦手な堺はイベントに出たくはなかった。しかし、個人のわがままを通すほどの度胸はなく、チームからの要請を諾々と受けてしまう。
こういう時にノーの一言で免除されるわがままな男が少しだけ羨ましいと思った。
「浴衣っすよ。堺さん」
世良は嬉しそうに浴衣を見ている。色鮮やかな女ものとは違う、華やかさに欠けた色彩の乏しさを見てむなしさを覚えないのだろうか、と意地悪く考えてしまう。
堺は隣に立つ世良の横顔を観察して何がそんなに楽しいのか、と小さくため息をつく。
「俺たちが着るより有里ちゃん一人が着た方がよっぽどイメージアップだよね」
突然、石神がふらりと堺の元へやって来て隣に立つなり、ぽつりと耳打ちしてきた。その言葉に堺は思わず吹き出した。
確かにむさくるしい男ばかりがぞろぞろと着ているよりよっぽどいい。自分たちが着て見せるよりも彼女が着た方が華やかで見栄えがするだろう。
だらだらとしてなかなか動かない男たちに向って指示を出して回る仕事着姿の彼女を見る。浴衣でこの場を仕切るには骨が折れそうだな、と堺は思った。
蒸し暑い夏の夜。しかもオフの日に駆り出された男たちは不平を出すのをこらえるような顔つきでロッカールームにたむろしている。不満を口に出さずにいるのはこの場を取り仕切る有里が誰より働いているのを知っている為だろう。
「同じの着ないと駄目なのか」
「どれを着たのか忘れた」
堺はチームメイトが口々に勝手を言いながら着付けの順番を待っているのを無感動に眺めた。隣に立つ世良は待ちきれないというようにうきうきした様子で堺に声をかける。
「イベントが終わったら浴衣のまま一緒に歩きましょうね」
「お前、俺と歩きたいのか」
「あったりまえっすよ」
ニコニコ顔で世良はうなずき「すげー楽しみっす」と、一人浮かれていた。せっかくゆっくりできるはずのオフ日に駆り出されたと言うのに世良の機嫌が妙に良かったのはそういう理由だったのか、と堺は少し呆れてしまった。
「世良は草履を履いて歩けるのか」
「大丈夫っすよ。夏はいつもビーサンっすから」
世良はあっけらかんと答えると嬉しそうに自分の着る予定の浴衣を抱いている。無邪気でかわいいものだ、と堺は思うとその笑顔につられて頬を緩めた。
堺は、イベントのことなどすっかり頭から抜けている世良を見てしまうと、先ほどの感じたわだかまりなどどうでもよいものに思えて来た。たまにはこう言うのも良いかと気を取り直す。
「デートっすよ。浴衣デートっす」
世良は堺に向けて臆面もなくつぶやくと、間の抜けた笑顔を向けてきた。恥ずかしげもなく「デート」と連発する世良の頭を一発殴ってやろうか、と思わず握り拳を作ってしまった。
「堺さんの番ですよ」
着付けの順番が回ってきたので堺は観念して浴衣に袖を通すことにした。着つけに駆り出された呉服屋のおばちゃん達は慣れた手つきで合わせを調節すると腰ひもで固定して行く。
こう言うおばちゃん達の前で下着姿になっても恥ずかしさや気後れなど、そういう気持ちが起こらない。
しかし、この場を取り仕切る有里に対しては多少の抵抗がある。若い女性の前でこんな間抜けな姿を見られるのは少し恰好がつかないと感じるが、向こうは見慣れてしまったのか感覚が鈍くなってしまったのか気にもとめていない様子だった。
着付けをする側もポスター撮りの時も来ていた上に今日もすでに何人もの男どもを見ているので見飽きただろう。淡々とした様子で浴衣の着付けを流れ作業で行っている。
情けない気持ちになるが、逆らわずにおとなしくしていることが一番だ。
先日のポスター撮りで無駄な抵抗を試み、年季の入ったどすの利いた声で叱られ、思い切りきつく帯を巻かれていた憐れな犠牲者を目の当たりにした堺は無抵抗主義になった。
そう言えば男物は腰で決まると言うな、と堺は関心を覚えた。案山子のように立ったまま、浴衣を含め和服を着る機会を思い出そうとする。地元の成人式の日。場を盛り上げよう、と同窓生に誘われて羽織袴姿で参加したことを思い出す。もう十年以上も昔のことなのか、と遠い目になった。
そう言えば、夏木の結婚式で新郎の夏木本人と、誰かチームメイトが余興で着ていた覚えがある。
羽織袴の場合は足元が楽だが、浴衣はどうも裾がひらひらとして落ち着かないと言うことを先日、知った。
世良は、どうなのだろうか。もし、着ていたとすればやはり成人式だろう。と、なると世良は割と最近着たと言うことになる。堺は思わずため息をついた。
世良の恋人となって以来、ふとした時に自分たちの年齢の差を感じて堺は寂しいような、置いて行かれたような感覚に陥る。世良は自分との年齢の差を気にしていないようだ。
しかし、堺はどうしてもその部分だけはネガティブに捉えてしまい少し落ち込む。
暗い気持ちになったところでタイミングよく帯で体を拘束され、思わず顔をしかめた。
今日、何人も着付けをし続けた呉服屋のおばちゃんは堺の表情など構いもせず「ほら、背筋を伸ばして」「最近の子は着方を知らない」と、ぶっきらぼうに言い続け浴衣の帯の形について何事か相談をしていた。
堺は、俺も最近の子なのか、と奇妙な気持ちになりながら言われたとおりに背筋を伸ばすと、ぎゅっと帯を結ばれた。
「はい、終わり」
背中を叩かれて我に返ると裾を気にしながらその場から逃げ出す。入れ替わりに順番が回ってきた世良がひょっこりと姿を現した。
「堺さん、かっこいいっすね」
「はぁ」
浴衣の着付けだけで無駄な体力を使った気がする堺は、世良は目をキラキラさせて見上げて感嘆の声を上げたのに対して気の抜けた返事を返した。
「一緒に歩くのが楽しみっすよ」
男二人で夜祭りを歩いて何が楽しいのか聞いてみたかったが、なんとなく空しいので「行ってこい」と、世良の背を押すだけにした。
(To be continued…)
作品名:Perfetto rosso e Azzurro 作家名:すずき さや