世界系少年少女
元々は同じものだったのだ、とは彼女の見解。同じ、同一、或いは平等。同じ場所に在ったものだから。そして、それを分断したのは光だと、彼女は言った。
「だってそうでしょう?陰が光を作るのではなくて、光が陰を作っているでしょう?」
「光が先に陰を差別してしまったのよ」
自嘲のように笑うのをやめてほしいと思った。だってまるで彼女自身が光だとでも言うようで、そんなのは自惚れ染みていて、僕はそれを彼女の本質と思いたくはない。
(勿論彼女の名前と紋章が「光」である以上、その意味において彼女は光だ。けれどそれはこの文脈で出てくるものとは違う。違うはずだ。)
僕は、光の対極にあるものとしての闇を絶対的に悪だと思っている。彼女はもしかするとそういう二元論を咎めているのかもしれない。なるほど。そう考えれば確かに彼女の言葉は僕にとってまったく新しい視点だ。
「タケルは、キミのことをどう思っているんだろう」
「知らない。けど、どうして?」
「僕たちは敵としてキミに出会ったから」
「今は仲間だ」
「うん、でも…タケルは……」
「あんたが自分でタケルに聞けばいいじゃない。私はヒカリがタケルと仲良くしてるから、それでいい」
「…そっか」
彼女には、もっともっと多くの世界が見えているのだろうか。想像もつかない感覚だ。僕は、僕たちが行き来するふたつの世界でもう手一杯だ。均衡を保つこと。整合性を求めること。うまく辻褄を合わせること。理解、よりも先に、しなくてはいけないこと。
だから僕は時々彼女のことを恐ろしく思ってしまうのだろうか。抱える世界が違い過ぎるのだろうか。だったら、どうして、彼女は僕に微笑みをかけてくれるのだろうか。幼く、弱々しかった彼女。今では元気で、活動的な彼女。
ヒカリ。その名前を口にしたわけではなかったけど、視界の隅でパタモンがぴくりと動いたことにどきっとした。
「タケル?」
「…どうしたの?パタモン。目が覚めた?」
「うーん、タケルは、何を考えていたの?」
ぴょんと跳んで手元へやってきたパタモンに、僕は注意深く微笑む。パートナー同士ってどこかで心が繋がってるのかもしれないって、誰かが言ってたような気がする。ヒカリちゃんかな。パタモンが僕の理解者でいてくれるのならそれはとてもありがたい話で、実際、僕もパートナーというものにはそういう側面があるように思う。
けれど、パタモンに僕の感情の全てが筒抜けになっているのだとしたら、それは恐ろしいことだ。
「僕も昼寝しようかなぁって、思っていたんだよ」
「パタモン、あんたはヒカリが好き?」
「うん?好きだよ。なんで?」
「それならタケルもヒカリが好きかな」
「訊いてみないとわかんないけど…きっと好きだよ」
「そう…」
「どうして?」
「いや、別に」
「じゃあどうして浮かない顔をしてるの?」
「………」
「ねえテイルモン、僕、前にタケルはキミのことどう思っているかなって話をしたことがあったけど」
「………」
「もしかしてキミはタケルのことが嫌い?」
嫌いなのではない、と真っ直ぐな瞳が答えた。特殊な状況下だと思った。自分のパートナーではないデジモンと一対一で向き合って会話するなんて。
「それを聞いて少し安心したよ」
僕は笑った。
「私の感情をヒカリのそれと同一視しているのならやめろ」
対する彼女は笑わなかった。
「私はヒカリじゃない」
「…うん、わかってる」
わかっているつもりだ。
「タケル、私はお前のことが嫌いなのではなくて、多分…これは嫉妬だ」
そう言ってテイルモンは目を伏せた。迷ったり悩んだりして弱ったときのヒカリちゃんを思い出す。
「私はヒカリじゃないけど…パートナーだから、最もヒカリに近いところにいる。これからずっとその位置は変わらないだろう」
パタモンのことを考えた。帽子越しの温度。パタモンが、僕に、一番、近い位置に。
「だからヒカリが『向こう側』に行ってしまったら私には引き止めることができない」
一瞬、言ってる意味がわからなかった。
「……君も一緒に行ってしまうんだね」
考えたら納得した。ああ、そうか、パートナー同士は同じ世界を共有できるということなんだ。彼女には見えているんだ、ヒカリちゃんが見ているのと同じものが。
テイルモンは大人の顔で頷いた。憂いている。展開が読めてしまった。彼女が僕に頼もうとしていること。それは僕にとって、幸福なことだろうか。わからない。ただ、荷が重い、とは思った。どうして僕なんだ、とも。
それは僕の望みとは似て非なるものだ。近いけど、僕が望んでいるのはそんなものじゃない。
彼女が疎むその立ち位置をこそ、僕は。