埃の間
俺の世界を構成していた、全てだ。
誰もいない部屋の隅を見つめて溜息を長く長く吐き出した。最近窓を開けていない為か、主である俺につられているのか、部屋の空気は鬱々としていて黴臭かった。6月の私、という彼の表現を思い出す。彼の家は6月になると雨が沢山降り、空気がどんよりとせつなくなるのだそうだ。(紫陽花の葉の水滴や雨の匂いなんか、私は大好きなんですけど、私以外の人は居心地が悪いようで。)どんよりと切ない空気を胸一杯に吸ってみるが、そこに彼の香りはしない。カビ臭さだけが俺の胸を満たした。満たされた俺の胸は空っぽ、そう、空っぽになる。
この部屋に彼の痕跡など、何一つ残っていなかった。
異国の黒い髪も、香りも、ゴミも、言葉も、何もかも残っていなかった。全てが綺麗に払拭され、在るべき姿に戻った部屋を見て俺は一人っきりで乾いた空気を吐き出して笑う。
関係の終わりを強要したのは時代だが、終止符を打ったのは他でも無い俺自身だ。
傷ついたのは彼だろう。徐々に世界から居場所が奪われていく。何れ来るであろう闇そのものに、向けて。
仕方のないことだ。そう割り切ったつもりだったのに。
もう一度胸一杯にカビ臭い空気を吸い込んだ。
こんなにもあのせつなさを、俺は、欲している。