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Lily-white,Rose-red

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【Lily-white,Rose-red(仏英)】

いつものように足の向くまま気の向くまま、俺はふらりとイギリスの家を訪ねた。
足を踏み入れたイギリスの家の庭には、今が盛りと言わんばかりに咲き誇る無数の薔薇。
種類や品種は違えども、どこを見渡しても薔薇、バラ、ばら。
ただ、異様なのは、咲いている花の色は全てが”赤”。
それ以外の色はこんなバカ広い庭なのに一輪も見当たらない。

「あーあ。あのバカ。相変わらずだねぇ。」

一般的に見れば最上の出来の筈のこの庭園。
しかし一面血の海のようなバラ園。
いろんな意味で窒息しそうな海にまるでモーゼが切り開いたかのような一本の道を進んでゆく。

おッ!前方に見慣れたクセ毛が目立つ金髪を発見。

「おーい!イギリス―!お前友達いないからってまた今日も昼間っから庭弄りか?寂しいヤツだねぇ。」

挨拶代わりのいつものからかい文句。
そしていつものように返って来るのは、「俺は紳士なんだからな!」なんて口にするのすらおこがましい程イギリスからの罵倒、罵声の数々・・・のはずなのだが、今日は何だか様子が違う。

ただただこちらを見つめ、突っ立っている。瞬きひとつせずに。
・・・すごく、気味が悪い。
気味は悪いのだが、容貌は恐ろしい程に美しい。
何より、長い睫毛の影が落ちる翡翠の瞳はかなり蠱惑的で艶かしい。
うん。悔しいがお兄さんの好み。
と、それは置いておいて。

「・・・イギリス?何か悪いモンでも食ったのか?」

イギリスに駆け寄り、作りものみたいな美しさを惜しみもなくさらけ出す顔を覗き込む。
俺の顔の影がイギリスの睫毛の影を掻き消したところで、ヤツの容貌の中で唯一いただけない極太の眉毛がピクリと上がり眉間にはこれまでの人生で刻まれて来たであろう皺が深々と刻み込まれる。

「・・・・り・・・する・・・。」

吊り上る眉毛と狭まる眉間と共に鋭利さを増すイギリスの瞳。
エメラルドの瞳は冷たい光を放ちながら俺をじっと睨みつける。
しかしその瞳にはうっすらと涙のヴェールがかかっており、宝石は醜く歪んでいた。

あぁ。せっかくの美しい瞳が、もったいない。

「百合の、香りがする。」

「はぁ?!」

・・・この一面のバラの花々の海の中でこの坊っちゃんは何を言っているのか。
お兄さんにはもう、理解不能。

「お前の身体に染み付いた、白百合の香りがまだ消えない。」

「イギリ・・・おまっ、・・・ッ、」

イギリスの白昼夢の寝言かと思われる発言に突っ込みを入れる間もなく、目の前のファンタジー坊っちゃんは荒々しく俺の胸倉を掴み、噛み付くようなキスで俺の口を塞いだ。
こんななまっちょろい腕のどこにそんな力が潜んでいるのだと本気で問いただしたくなる程の腕の力。

「ッて!!!」

“ような”じゃない。
コイツ、マジで噛み付きやがった。油断した。
誰だよ、こんなヤツのことを”紳士”だなんていう奴はッ!

・・・全くこの坊っちゃんは。と、口には出さなかったが、代わりに溜め息をひとつ吐く。
この眼をしてるコイツに何を言っても無駄なのは長年の付き合いと、実際の経験から解りたくもないが、嫌と言うほどよく解る。

イギリスに文句を言うのは置いておいて、とりあえず今噛み付かれた場所に触れてみる。
その指先にべっとりと付着する紅い液体。

「・・・お前ねぇ。少しは手加減しろってーの。俺はお前と違って特殊な性癖は持ち合わせてないの。」

血が垂れてきたら困るから、噛み切られたところを舌で舐めてみる。
口内に取り込まれた紅い液体は鉄の味がした。あんまり上手いモンではないなと思いつつ、嚥下する。なぜだろう、食道や胃まで鉄に侵されていく気がした。

「・・・白百合が、染まらない。」

目の前で僅かではあるが出血している人間がいるのにそれが全く目に入らない様子でイギリスはくり返す。白百合が染まらない、と。

またひとつ俺は溜め息を吐いた。
あぁ、そういえばこの前日本に会った時、言われたなぁ、溜め息を吐くと幸せが逃げるって。もしそれが本当なら俺はコイツの為に一体いくつの幸せを逃して来たんだろう。

「いつも言ってるでしょ?俺の心はお前の執念みたいな愛情で染められてるって。」

「・・・どんなに染めてもお前の中の白百合はこの庭のバラみたいな真紅の色には染まらない。あの頃から。・・・今だって。」

あーもーこの坊っちゃんは。妖精とか見える上に幻覚まで見えてるのか?

「フランス・・・。」

今度はさっきのアグレッシブな様子とは打って変わり、瞳に涙を浮かべ、潮らしく俺の胸に擦り寄る。そして俺の首に腕を回すと再びイギリスは血の味のする俺の唇に自分の唇を合わせる。
今度は噛み付いて来る様子もない。ただ一心に唇を重ね、舌を入れて、世界一の技能を俺の唇で実演してゆく。

柔らかくて、いやらしくて、甘くて、切ない。

コイツのキスはいつも涙の味がする。

鉄と塩の味のキスなんて、ロマンの欠片もない。
それでも俺は溺れる。塩分が鉄を侵食してゆくように年月をかけ、蝕まれている。
でなけりゃ、こんな後味が悪いキスに酔ったりなんてしない。

けれどこの孤独しか知らないお子様にはわからないらしい。
妖精や幻覚は見えるくせに、一番大事なものが、常に涙で覆われた瞳を持つ男には分からないんだ。

コイツは知らない。
愛されたことのないコイツは“愛情”に”種類”があることを知らない

愛情を一神教の類のように崇拝しているコイツにはこの先”国”としての存在の俺たちに与えられている悠久の時間(とき)をかけても見えない。知ることはない。

まして、俺は教える気もないけど。

「愛してる。」

口先で愛を述べる台詞を紡ぎ、俺は心の中で繰り返し呟く

―可哀想に。可哀相なイギリス

白百合に向けられるものとお前に向けられるものは似ていて非なるものなのに。
それ永久に気付くことは。

けれど一番可哀相なのは寂しさに耐え切れず縋るコイツの身体を抱き締め、放せないでいる”俺”なんだろうな。
愛情を盲目に信仰するコイツに真実を教えずにコイツを欲しい侭にしている”俺”なんだろうな。


あぁ。
かつての女神の化身だった白百合は、可哀想な俺達をどんな思いで見つめているのだろう。


End.


***
愛情は全て恋と身体でしか確かめられないもので、恋愛感情以外、”愛”と言うもの(つまり友愛、家族愛etc.)の存在がよくわからず、全ての”愛”と言う感情をフランスに向け依存するイギリスと、イギリスを失いたくないが故に全ての愛が一緒くたになり”狂愛”に化したイギリスの”愛”を受け入れ、真実を教えないフランス兄ちゃんの話。
兄ちゃんのあの子への愛は”国民へ向ける愛”の一種です。それがわからず嫉妬するイギリス。


ちなみに“白百合”は”あの子”の象徴的な花です。(史実)
作品名:Lily-white,Rose-red 作家名:葵華